【コラム】同業他社への転職を防ぐ誓約書作成の勘所 - 抑止力ある競業避止義務を課すために

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同業他社への転職防止と営業秘密の保護

企業によっては、退職社員の同業他社への転職を禁止・防止することを望まれます。この同業他社への転職は社員が負う競業避止義務との関係で問題となるものですが、企業が社員に同業他社への転職禁止という競業避止を要求するその主な目的は、顧客の移転等の抑止と併せて、企業の営業秘密の保護にあることが多いといえます。社員が在職中に得た営業秘密の漏洩は、直接的には秘密保持義務違反の問題となりますが、その漏洩先の最たる候補に同業他社が挙げられます。つまり、企業としては、社員に課す秘密保持義務の実効性を確保するために、その予防線として退職後の競業避止義務を課すことになります。

競業避止義務はこのような意図・目的のもとに社員に対して課すことが通常であり、営業秘密保護の予防線として機能させるためにも、実効性ある競業避止義務を社員に課すことが重要となります。

労働者の競業避止義務

在職中の競業避止義務

労働契約は人的な関係性が強固であり、労働者・使用者相互間の信頼関係がなければ成り立ちえないものです。このため、労働契約法は、「労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。」(3条4項)と信義誠実の原則を謳っています。この信義誠実の原則は、労働者・使用者の双方に対し、相手方の利益に配慮し、誠実に行動することを要請するものです。この信義誠実の原則に基づいて使用者が負う労働契約上の付随義務の代表的なものとしては、労働者の生命・健康を職場における危険から保護すべきという安全配慮義務が挙げられます。

一方で、この信義誠実の原則から、労働者側が負う労働契約上の付随義務としては、競業避止義務が導かれます。労働者は、使用者の利益に著しく反する競業行為を差し控える義務があり、その違反は懲戒処分や損害賠償請求の対象になり得ます。例えば、在職中に、同業種の事業を起業して会社の事業と同類の取引を自己のためにしていたような場合は、会社の取引先を奪うなど会社の利益を害するおそれが大きいため、競業避止義務違反が成立し得るといえます。

退職後の競業避止義務

このように、在職中の社員は労働契約上の付随義務として会社に対し競業避止義務を負っています。もっとも、この競業避止義務は労働契約から導かれるものですので、労働契約の終了に伴い当該義務もなくなることが原則です。つまり、労働者が使用者・会社に対して負う競業避止義務は、原則として退職によって当然に消滅すると考えられます。

したがって、企業としては、退職後も労働者に競業避止義務を課すためには、労働者との間で競業避止義務に関する特別な契約を交わしておくことが必要となります。契約の形式としては、一般に就業規則の中に競業避止義務についての規定を設けておくことや、競業避止に関する誓約書などを入社時あるいは退職時に書かせるなどの方法があります。

もっとも、労働者は、企業及び労働契約の目的上必要かつ合理的な範囲内でのみ企業秩序に服するものであって、企業の一般的な支配に服するものではありません(富士重工業事件‐最判昭52・12・13民集31巻7号1037号)。したがって、使用者による労働者の人格や自由に対する拘束は、事業遂行上必要かつ相当な範囲内でのみ許されるものであり、これを超える制約は法的に無効となることを留意しておかなければなりません。

 

【奈良地判昭和45年10月23日判時624号78頁】

「被用者に対し、退職後特定の職業につくことを禁ずるいわゆる競業禁止の特約は経済的弱者である被用者から生計の道を奪い、その生存をおびやかす虞れがあると同時に被用者の職業選択の自由を制限し、又競争の制限による不当な独占の発生する虞れ等を伴うからその特約締結につき合理的な事情の存在することの立証がないときは一応営業の自由に対する干渉とみなされ、特にその特約が単に競争者の排除、抑制を目的とする場合には、公序良俗に反し無効である」

 

【東京地決平成7年10月16日労判690号75頁】

「労働者は、労働契約に付随する義務として使用者の事業目的に反しその利益を損なう競業行為を行ってはならない義務(競業避止義務)を負うが、労働契約終了後は、職業選択の自由の行使として競業行為であってもこれを行うことができるのが原則であり、労働契約終了後まで右競業避止義務を当然に一般的に負うものではない。しかし、一定の限定された範囲では、実定法上労働契約終了後の競業避止義務を肯定すべき場合がある。」

「競業避止義務を合意により創出する場合には、労働者は、もともとそのような義務がないにもかかわらず、専ら使用者の利益確保のために特約により退職後の競業避止義務を負担するのであるから、使用者が確保しようとする利益に照らし、競業行為の禁止の内容が必要最小限度にとどまっており、かつ、十分な代償措置を執っていることを要するものと考えられる。」

誓約書などがない場合

退職後の競業避止義務を課す誓約書等がない場合においても、労働者が信義則上営業秘密保持義務を負うため労働契約終了後の競業避止義務を肯定すべき場合において、不正競争防止法違反が成立し得るような状況下では、例外的に退職社員に対して競業避止義務違反の責任を問うことも可能といえます。もっとも、あくまで限定的な局面ですので、退職後の競業避止義務を社員に課すためには誓約書等を取得しておくことが基本となります。

同業退社への転職を防ぐ競業避止規定

一般的な誓約書雛形はなぜダメなのか

退職後の競業避止義務は、退職した社員の職業選択の自由(憲法22条1項)を制限することにほかなりません。したがって、退職後においても労働者に競業避止義務を課すためには、そのような不利益を労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性と合理性がなければなりません。漠然と広汎な競業避止義務については、その有効性に疑義が生じるものと心得ておく必要があります。

したがって、すべての社員に対して一律に適用される就業規則の規定だけを頼りにすることや、会社が問題視する競業事業の部類や対象社員の属性等を全く考慮にいれていない市販の誓約書雛形をそのまま漫然と使用することは、退職社員に負わせようとした競業避止義務が無効となり得るリスクが高くなるため、できる限り避けるべきといえます。

実効性ある競業避止義務のために -誓約書作成で押さえるべき5つの要素

使用者・企業が退職社員による営業秘密の不正使用の防止や競業行為によって被る事実上の不利益等を予防すべく、退職社員の競業行為に神経をとがらせることは無理からぬものがあります。他方で、退職社員にとってはこれまでのキャリアを活かせる転職先として同業他社を選択するケースも多く、自身の生活がかかっていることもあり転職先選択の自由に制限を加えられることに強く抵抗しがちです。こうしたこともあり、退職社員の競業避止義務については多くの裁判でその有効性・適法性が争われてきました。退職社員に対し競業避止義務を課すにあたっては、過去の先例、つまり裁判例を踏まえて適法かつ実効的な誓約書を作成すべきですが、裁判例から分かる競業避止義務を課すにあたって押さえておくべき重要な要素としては次の5つがあります。

イ)制限する期間

競業避止義務を負う期間が定められていない誓約書も散見されますが、無期限に競業避止義務を課す必要性は大抵ないでしょうし、長期間これを課すことは退職労働者にとっての不利益も大きく、合理性は一般的に認め難いと考えられます。制限する期間は最大でも5年程度に留めるべきですが、他の要素との総合考慮のもと、通常は1年ないし3年程度が相当なケースが多いでしょう。

ロ)制限の場所的範囲

場所的範囲が明示されていない誓約書もよく見受けられます。もっとも、日本全国すべての地域での競業行為を禁止すべき必要性はそう多くないでしょうし、退職労働者にとっての不利益も大きいため、日本全国で営業を展開しているような大企業等でない限り、合理性は認め難いことが多いと思われます。退職労働者が競業行為をすることによって会社が損害等の不利益を被る可能性の高い営業地域に範囲を限定して競業避止義務を課すことが、当該誓約の有効性はもちろんのこと、当該制約に緊張感と抑止力を持たせるという意味でも大切といえます。

ハ)制限の対象となる業務

同種・同業での競業行為の禁止を課すにあたり、この「同種・同業」の定義は明確化しておくべきといえます。企業によっては事業分野が多岐に及んでいることもあるでしょうし、対象社員が従事していた業務内容によっても競業避止義務を負わせる必要性のある業務範囲は異なるものと思います。競業避止義務という労働者に対する制約は、必要最小限度にとどまっているからこそ有効性が肯定されるものですので、禁止される業務や職種の範囲を明確にしておくことは重要です。

二)対象社員の地位

競業避止義務を課す対象社員について、当該社員が平社員なのか、プロジェクトマネージャーなのか、部課長といった管理職なのか、あるいは執行役員といった経営層なのかといった地位に応じて、会社の営業秘密や技術上の秘密の保持の有無や競合行為によって会社に与える驚異の度合いは異なります。したがって、対象社員の地位に応じて競業避止義務のレベルも変えることが望ましいといえます。重要な企業秘密に触れる権限もなく、また経験や能力も十分でない平社員と、高度な知識や能力を有し影響力も大きいと思われる上級職とでは、おのずと会社が競業避止を求める利益の程度も異なってくるはずです。

ホ)代償措置

競業行為の禁止という不利益を負わせる代償として経済的な補償を労働者にしている場合には、競業避止義務の合理性を担保する要素となります。月例賃金や賞与、退職金等の水準や支給内容等によっては、それらは労働の対価に留まらず、競業避止義務を負うことに対する代償としての性格を認めることができます。

競業避止特約の有効性は総合考慮による判断

退職社員に対して課す競業避止義務が有効なものとなるか否かは、上記5つの要素を踏まえた総合判断となります。使用者・企業は、これらの要素を基準として、①使用者の保護すべき利益(企業秘密の保護等)、②退職労働者の不利益(転職の不自由等)、そして③社会的利害(一般消費者の利益等)の3つの観点から検討を加え、どの程度の競業避止義務を課すことが適当か否かを決めていくこととなります。

 

【東京地判平成14年8月30日判時838号32頁】

「本件誓約書による退職後の競業避止義務の負担は,退職後2年間という比較的短い期間であり,在職時に担当したことのある営業地域(都道府県)並びにその隣接地域(都道府県)に在する同業他社(支店,営業所を含む)という限定された区域におけるものである」

「禁じられる職種は,原告と同じマット・モップ類のレンタル事業というものであり,特殊技術こそ要しないが契約獲得・継続のための労力・資本投下が不可欠であり,D社が市場を支配しているため新規開拓には相応の費用を要するという事情がある。」

「労働者である被告は従前の担当地域の顔なじみの顧客に営業活動を展開できないという不利益を被るが,禁じられているのは顧客収奪行為であり,それ以外は禁じられていない」

「これらの事情を総合すると,本件誓約書の定める競業避止義務は,退職後の競業避止義務を定めるものとして合理的な制限の範囲にとどまっていると認められるから,公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である。」

競業避止義務を課すにあたっては入念な検討を

ここでは、労働者が退職後特定の職業につくことを禁ずるいわゆる競業禁止の特約について、その有効性が認められるための考慮要素等について説明をさせていただきました。企業が有する特殊な知識や技術、ノウハウは使用者にとって客観的財産であり、これらはいわゆる営業上の秘密として営業の自由とならんで共に保護されるべき法益です。このため、一定の範囲において退職労働者に競業を禁ずる特約を結ぶことは十分合理性があるものと言うべきですが、他方で労働者の職業選択の自由や生計の維持、市場の自由競争といった利益への配慮も求められます。このため、退職労働者に対して競業避止義務の特約を課すにあたっては、法的有効性が担保され、また実際的な抑止力のある誓約書を作成するなどの準備・対策が欠かせません。

労働規制は複雑なうえに、その理解と運用を誤れば営業秘密や取引先の流出等の大きな損害を企業にもたらします。退職労働者への競業行為禁止を含む労務管理については、労働問題に強い弁護士などの労務の専門家の支援を受けながら、法改正や判例動向に対応した制度設計と運用をされることを強くお勧めいたします。真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。


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