経営上の理由により従業員を休ませる場合の対応‐休業補償と政府による休業支援策
虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、法的な視点から就業規則の作成・変更・届け出に関するご提案をするとともに、解雇や未払残業代問題、休職問題など各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことも可能です。就業規則の作成・変更でお困りの会社様は、是非一度当事務所にご相談ください。
本記事で書かれている内容
猛威を振るう新型コロナウイルスと営業危機
2020年は新型コロナウイルスが猛威を振るい、これまで人手不足への対応に頭を悩ませていた経営者の方も、今度は逆に人を抱えきれないという深刻な問題に直面しているかもしれません。
2020年3月19日時点において、新型コロナウイルスの感染者数は150の国・地域で20万9500人に達し、うち8700人余りの方が亡くなっています。さらなる感染を防ごうと、世界的に人の移動が制限され、イベント活動のみならず店舗営業自体の自粛が広がり、業種・業態によっては経営環境に甚大な影響が出ています。
そこでここでは、休業や営業縮小等によって仕事が減少し、あるいは従業員に通常の賃金を支払う資金的余裕がない場合に企業がとりうる休業対応について解説します。
仕事がないのであれば休ませてもいい‐「休業」
労働をさせない「休業」
雇用契約を結んでいる以上、労働者は労務を提供する義務を負い、使用者はその労働を求める権利を有していますが、権利は必ずしも行使しなければならないものではありません。したがって、現に従事してもらうべき仕事がない状態であれば、あえて通常の業務に就かせる必要はありません。
このように、労働契約上労働義務のある時間に労働ができなくなることを「休業」といいますが、使用者が従業員に休業させることは何ら問題なく行うことができます。
※「休業」は労働義務のある時間に労働ができなくなることであり、もともと労働義務のない日である「休日」とは異なります。
※労働者の側に、雇用契約に基づき「仕事をさせろ」と使用者に求める就労請求権はありません。労働義務は義務であって権利ではないと考えられています。
休業には補償が必要
そうはいっても、使用者側の都合で一方的に休むことを強要され、その分賃金がまったく支払われないというのであれば、労働者側にとっての不利益は大きくその生活が脅かされます。
そのため、労働基準法は、労働者の最低生活を保障すべく、その26条において「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。」と定め、使用者に休業手当の支払いを義務付けています。つまり、使用者は、使用者側の都合によって従業員を休業させる場合には、平均賃金の6割の休業手当を支払うことが必要となります。
※平均賃金
平均賃金は、労働者の通常の生活資金をありのままに算出するという観点から、直近3か月間に支払われた賃金総額を、その期間の総日数で割って算出されます(労働基準法12条)。臨時の賃金や3か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)は、通常の生活資金ではないため賃金総額には含めません(同条4項)。なお、日給制や歩合制の労働者又は欠勤等が多く賃金総額が少額となる場合には、労働日あたりの賃金の60%が最低保障額とされています(同条1項但書)。
紛らわしい賃金保障
民法上の危険負担との関係
民法536条2項によれば、使用者(債権者)の責めに帰すべき事由により就労不能(労働義務の履行不能)となった場合には、労働者(債務者)は賃金全額を請求できます。
労基法26条と民法原則との関係は、休業手当の保障における「責めに帰すべき事由」は民法の反対給付請求権の有無の基準である「責めに帰すべき事由」よりも広く、使用者の帰責事由を拡大させたものであると理解されます。
この帰責事由の拡大の意味するところは、例えば、官庁による操業停止命令が出された場合、民法上は使用者に帰責事由なしと判断されるところ、労基法26条では帰責事由ありと判断されるということにあります。
民法上の危険負担は就業規則により排除することが可能
もっとも、こうした「帰責事由の拡大」とった法律的議論が問題となる場面は実務上そう多くはありません。
民法536条2項で賃金全額払いを求められる危険負担は、就業規則・賃金規定によって排除することが可能であると考えられており、ほとんどの就業規則においてその旨の規定が入れられています。まれにこうした排除規定がないか、あるいはその趣旨があいまいな就業規則に出くわすことがありますが、非常に重要な規定となりますので、今までこの点を意識したことのなかった企業においては早急に点検すべき条項といえます。
新型コロナウイルスの影響により休業する場合
コロナ関連休業には休業手当を
新型コロナウイルスに端を発する休業もその影響度や事由は様々であり、個別具体的な判断が本来必要ではありますが、就業規則に民法上の危険負担を排除する条項が定められているのであれば、「帰責事由」についての微妙な判断をするまでもなく、通常は使用者の責めに帰すべき事由による休業として労基法26条の休業手当を支払うことで足りることになるでしょう。
コロナ関連休業は「不可抗力」といえるか?
労基法26条の休業手当の支払い義務は「使用者の責めに帰すべき事由による休業」の場合に発生するものであり、「不可抗力」の場合にはその義務を負いません。
ここでいう不可抗力とは、①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることの2つの要件を満たすものでなければならないと解されていますので、仕事の減少や営業自粛等の場合には、通常この「不可抗力」には該当しないと考えられます。
政府による休業等支援策の活用を
企業は従業員を休業させる場合には平均賃金の6割の補償を行う必要がありますが、企業にとってもその補償は決して容易なものではなく、非常に苦しい状況には違いありません。
厚生労働省では、新型コロナウイルスが事業主等に与える経済的影響の甚大さに鑑みて、企業や労働者を支援するための各種助成金制度を拡充・創設しています。企業においては、是非これらの助成金制度等を活用いただき、就業環境を整備しながら、この非常事態を乗り切る一助にしていただければと思います。
① 新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応助成金
小学校等が臨時休業した場合等に、その小学校等に通う子どもの保護者である労働者の休職に伴う所得の減少に対応するため、正規・非正規を問わず、労働基準法上の年次有給休暇とは別途、有給の休暇を取得させた企業に対する助成金
② 雇用調整助成金の特例措置
雇用調整助成金は、経済上の理由により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、雇用の維持を図るための休業手当に要した費用を助成する制度です。特例措置により受給要件の緩和と給付額の増額が行われ、企業は従業員に支払う休業補償の5分の4(中小企業)の助成を受けることができます。
③ 時間外労働等改善助成金
新型コロナウイルスの感染症対策として、テレワークの新規導入や特別休暇の規定整備を行った中小企業事業主を助成するために、要件を簡素化した特例コースが設けられています。
上記各種助成金等の政府支援策の詳細は、各都道府県労働局の特別労働相談窓口にてご相談等いただくことができます。
労務管理には専門家の支援を
ここでは、新型コロナウイルスの影響等により労働者を休業させる場合の企業対応についてご説明させていただきました。休業は新型コロナウイルスによる影響の場面に限られませんが、新型コロナウイルスによる影響の場合には政府による休業支援策が設けられていますので、危機を乗り越えるための対応の一つとしてご検討をいただければと思います。
休業に限らず、労働規制は複雑なうえに、その理解と運用を誤れば経営を揺るがしかねない大きなリスクを企業にもたらします。労務管理については、労働問題に強い弁護士や法律事務所などの労務の専門家の支援を受けながら、制度設計と運用をされることを強くお勧めいたします。真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。
当事務所では、予防法務の視点から、企業様に顧問弁護士契約を推奨しております。顧問弁護士には、法務コストを軽減し、経営に専念できる環境を整えるなど、様々なメリットがあります。 詳しくは、【顧問弁護士のメリット】をご覧ください。
実際に顧問契約をご締結いただいている企業様の声はこちら【顧問先インタビュー】
岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。
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