従業員への貸付金の返済金を賃金から適法に控除する方法
虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、法的な視点から就業規則の作成・変更・届け出に関するご提案をするとともに、解雇や未払残業代問題、休職問題など各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことも可能です。就業規則の作成・変更でお困りの会社様は、是非一度当事務所にご相談ください。
本記事で書かれている内容
賃金支払いに関する5原則と賃金規定
使用者が労働者に支払う賃金については、生活の糧である賃金が確実に労働者の手に渡るようにするために、その支払方法に関し次の5原則が労働基準法によって定められています(労基法24条)
①通貨払いの原則
【ポイント】 賃金規定には、支払場所、口座振込みを明記すべし
通貨払いの原則とは、一言でいえば、賃金は日本のお金で支払わないといけません、という原則です。自社商品券や小切手で支払われても労働者は困ってしまいます。なお、この「通貨」は現金を意味しますが、労働者の同意がある場合には口座振込みによる方法も認められています。通常は利便性が高く安全ですので口座振込みの方法がとられることが多いでしょう。
直接現金を見ることで働いたことを実感してもらう、などの思いから、今も現金手渡しを行っている企業もあるかと思います。この場合、賃金の支払場所を就業規則(賃金規定)で明記することを忘れないようにします。金銭の支払い債務は原則として持参債務ですので(民法484条)、民法の一般原則に従えば従業員の自宅に給料を持参しなければならないということにもなりかねません。規定がなくとも普段は会社で支払うことに異議を唱える者はまずいないかと思いますが、たとえば単身赴任先で解雇となった場合などには争いとなる可能性があります。
②直接払いの原則
直接払いの原則とは、賃金は、労働者本人に直接支払わなければならない、という原則です。未成年者の賃金を親が奪い去ることなど、中間搾取を排除することが目的です。
③全額払いの原則
【ポイント】 賃金規定には賃金控除の定めを置くべし
全額払いの原則とは、賃金はその全額を支払わなければならない、というものです。つまり、あれこれ名目をつけて賃金から勝手に控除することは許されません。
ただし、労基法は、例外的に控除ができる場合も定めています。それは、①法令に別段の定めがある場合と、②労働者代表との労使協定がある場合です(労基法24条1項)。
①法令に別段の定めがある場合とは、給与所得税の源泉徴収(所得税法183条)や社会保険料の控除(厚年保84条、健保167条等)などです。これらは当たり前のように引かれます。
②労働者代表との労使協定を締結することによって、協定で決めた控除項目については賃金から控除することが可能になります。たとえば、社宅使用料などです。
この労使協定は労基法上の「全額払いの原則」を適法化するものですが、従業員との間の労働契約の観点からは就業規則にその旨(労使協定による控除の根拠規定)を定めておく必要があります。
④毎月1回以上払いの原則
賃金は毎月1回以上、支払わなければなりません。賃金支払期日の間隔が長すぎると、労働者の生活が不安定となってしまうためです。ただし、臨時に支払われる賃金や賞与についてはこの限りではありません(労基法24条2項)。
⑤一定期日払いの原則
賃金は一定の期日を定めて支払わなければなりません。これも同じく労働者の経済生活を安定させるためです。
就業規則(賃金規定)規定例
第○条(賃金の支払方法)
1 賃金は、従業員が勤務する事業所において、通貨で直接社員にその全額を支払う。
2 前項の規定にかかわらず、社員の同意がある場合は、社員が指定する金融機関の口座に振り込む方法により賃金を支払うことができる。
3 会社は、賃金を支払う際、法令に定められたもの及び労使協定により定めたものを賃金から控除することができる。
労使協定で定めれば何でも賃金から控除できるのか
労基法上は、労使協定において賃金から控除することができる事項について特段の制約は課されておらず、労使において自由に決めることが可能となっています。もっとも、通達では、「購買代金、社宅、寮その他の福利、厚生施設の費用、社内預金、組合費等、事理明白なものについてのみ・・・労使の協定によって賃金から控除することを認める」(昭和27年9月20日基発675号)としています。不透明な控除を認めない趣旨ですので、事由が明白なものであれば控除は可能といえるでしょう。
賃金控除に関する労使協定例
株式会社○○(以下「会社」という。)と同社○○事業所の従業員の過半数代表者○○は、労働基準法第24条第1項ただし書の規定に基づき、賃金の控除に関し下記のとおり協定する。
第1条(控除項目)
会社は、毎月の賃金、賞与から、次に掲げるものを控除することができる。
① 社宅使用料
② 昼食代
③ 会社からの貸付金の返済金
④ 団体加入保険料
⑤ ○○○○
第2条(退職金からの控除)
前条に定めるもののうち、従業員が会社を退職する時点で未払いのものがある場合には、会社は、従業員に対する退職金からこれを控除して支払うことができる。
第3条(有効期間)
1 この協定は、○○年○○月○○日から、2年間有効とする。
2 この協定は、当事者が90日前に文書による破棄の通告をしない限り同一内容で更新されるものとする。
全額払い原則と相殺
賃金債権と労働者が会社に対して負う何らかの債務を相殺することも、賃金を労働者に確実に受領させるという全額払い原則の趣旨から考えると、やはり許されないということになります。全額払い原則は、「相殺禁止」の趣旨を含むと言えます(関西精機事件‐最判昭和31年11月2日)。
調整的相殺
もっとも、過払賃金の清算のための「調整的相殺」をすることは可能です。これは、実質的にみれば、本来支払われるべき賃金はその全額の支払いを受けているといえるためです。
合意による相殺
使用者が一方的に行う相殺は許されないとしても、労働者との同意のもとに行う相殺は許されると考えられています。すなわち、使用者が労働者の同意を得て行う相殺は、当該相殺が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するときは、全額払い原則に反しません(日新製鋼事件‐最判平成2年11月26日)。
合意による相殺が認められるポイントは、「労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在する」ことです。たとえ合意書を整えたとしても、それが半ば使用者による強制的なものであることが伺われる事情がある場合には、「労働者の自由な意思」に基づく相殺とはいえなくなる可能性があります。「合意」の有無を巡って争いとならないよう、注意しなければなりません。
労務管理には専門家の支援を
ここでは賃金からの控除を適法に行う方法について説明をさせていただきました。就業規則に関しては、このほかにも労働者からの意見聴取や労基署長への届出、あるいは就業規則の各条項の定め方など、法的事項を踏まえて検討を行い、使用者が予期しない不利益を被らないように適切に作成・変更・運用をする必要があります。
労働規制は複雑なうえに、その理解と運用を誤れば経営を揺るがしかねない大きなリスクを企業にもたらします。労務管理については、労働問題に強い弁護士などの労務の専門家の支援を受けながら、制度設計と運用をされることを強くお勧めいたします。真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。
当事務所では、予防法務の視点から、企業様に顧問弁護士契約を推奨しております。顧問弁護士には、法務コストを軽減し、経営に専念できる環境を整えるなど、様々なメリットがあります。 詳しくは、【顧問弁護士のメリット】をご覧ください。
実際に顧問契約をご締結いただいている企業様の声はこちら【顧問先インタビュー】
岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。
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