問題社員対応事例③(従業員に損害賠償を請求したい!)

虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、問題社員への対応方法をご提案するとともに、団体交渉・労働組合対策、未払残業代問題、休職問題など各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことが可能です。問題社員対応や解雇無効の問題等でお困りの会社様は、是非一度当事務所にご相談ください。

名古屋市で自動車部品の製造・調達を手掛けるE社からのご相談

当社は、愛知県名古屋市で自動車部品の製造と調達を手掛けています。このたびは、当社の総務課長であるFが、支払入力をミスして、多額の過払いを起こしていることが発覚しました。
  
普通に業務を行っていれば間違えようもない単純なミスであり、1度だけではなく3度も同じミスをしています。察するところ、2度目と3度目は、ミスの発覚を恐れて確信犯的にわざと違う数字を入力しているように思われます。
  
当社の損害は全部で5000万円を超えています。この事実を本人に伝えたところ、ミス自体は認めていますが、「しょうがない。ミスは誰でもあるでしょ」などと言ってまったく反省していません。ミスをしたこと以上に、こうした反省のない態度を示している従業員Fを許すことはできません。損害額の一部でも従業員Fに賠償請求をしたいと考えていますが、できるでしょうか?
 
(※ 相談事例は、実際に当事務所で扱った事例をもとに、修正を加えて設定されたフィクションです。)

労働者の損害賠償責任

債務不履行、不法行為に基づく損害賠償責任

労働者が職務遂行上必要な注意を怠って会社に損害を与えた場合、労働者は債務不履行に基づく損害賠償責任を負うことになります(民法415条)。また、労働者の行為が使用者に対する不法行為にあたる場合には、不法行為に基づく損害賠償責任も免れません(民法709条)。
  
このように、雇用契約上の義務に違反するなどして使用者に損害を与えた場合には、労働者も損害賠償責任を負うのが原則です。

損害賠償責任の制限

もっとも、損害賠償制度は、「損害の公平な分担」を図ることを理念としています。そのため、他人を使用して事業を営む者はこれによって活動範囲を拡張しそれだけ多くの利益を受ける以上、事業上損害を被ったときは事業者自身がその損害を負担すべきという「報奨責任の原理」が働きます。この報奨責任の原理は、企業の収益は基本的には企業経営者に帰属し、労働者は単に一定の賃金を受けるに過ぎないという企業システムを反映したものといえます。利益を得る以上はリスクも取るべき、ということです。
  
こうした考えによって、法律で定められているわけではありませんが、裁判上は、信義則(民法1条2項)に基づいて、労働者の損害賠償責任が制限される結果となっています。

労働者の責任制限の内容

損害賠償請求の局面において労働者の責任を制限する責任制限法理が適用されるとして、その責任制限の内容は、法律で定められているものではない以上、裁判例にその基準の目安を求めるほかありません。その基準を要約すれば、次のとおりとなります。
  
①労働者に故意又は重過失がある場合にのみ責任が認められる
②責任が認められる場合でも賠償額は何分の1かに軽減される
  
責任軽減の程度については、ⅰ)労働者の帰責性の程度、ⅱ)労働者の地位・職務内容・労働条件、ⅲ)使用者側の非(リスク管理体制の整備の有無等)を総合的に考慮して決定されます。

大隅鉄工所事件‐名古屋地判昭和62年7月27日
【事案】

工作機械等の製造販売を業とするX社が、深夜作業中に居眠りをして最新鋭の工作機械を損壊した従業員Yに対し損害賠償を請求した事件

【判旨】

・従業員Yがプレナー作業中に少なくとも7分を下まわらない時間居眠りをしたことは、その間、従業員Yがプレナー工として要求される十分な労務を提供しなかつたことにほかならないから、これが債務不履行に当たることは明らか
  
・企業で働く労働者は些細な不注意によって重大な結果を発生させる危険に絶えずさらされており、また、特に大企業における雇用形態は概ね終身雇用を基本としていて、労働者が、労働提供の意思をもって作業に従事中の些細な過失によって使用者に損害を与えた場合について、使用者は、懲戒処分のほかにその都度損害賠償による責任を追及するまでの意思はなく、むしろ、こうした労働者の労働過程上の落度については長期的視点から成績の評価の対象とすることによって労働者の自覚を促し、それによって同種事案の再発を防止していこうと考えているのが通常
  
・X社においては、過失に基づく事故について損害賠償請求をし、あるいは求償権を行使した事例もないこと、更には従業員の労働過程上の過失に基づく事故に対するこれまでの対処の仕方と実態、従業員Yの会社内における地位、収入、損害賠償に対する労働者としての負担能力等の諸事情をも総合考慮すると、X社は従業員Yの労働過程上の軽過失に基づく事故については労働関係における公平の原則に照らして、損害賠償請求権を行使できないものと解するのが相当
  
・賠償額を定めるにあたっては、雇用関係における信義則及び公平の見地から、上記諸事情について更に検討斟酌してその額を具体的に定めるのが相当
  
・機械保険に加入していれば従業員の過失により機械が受けた損害についてもこれを填補できたにもかかわらず、X社は保険に加入しておらず損害軽減措置を講じていないこと、事故が重大とはいえ深夜勤務中の事故であって従業員Yに同情すべき点のあること等一切の事情を斟酌すれば、従業員Yが賠償すべき金額としては損害額の四分の一に相当する金額と定めるのが相当

株式会社G事件-東京地判平成15年12月12日
【事案】

中古自動車の販売等を業とする株式会社Gが、その経営する中古自動車販売店の店長であった従業員Yに対し、代金の支払を受けないまま商品である車両15台を引き渡し,株式会社Gに5156万7600円の損害を与えたとして,不法行為又は債務不履行に基づき同額の損害賠償等を請求した事件

【判旨】

・従業員Yは,客に車両を販売する際には代金全額が入金されてから納車するという,株式会社Gにおける小売りの場合の基本ルールを熟知しながら,この基本ルールに反し,入金が全くない段階で,Aに対し,短期間のうちに次々と商品である車両を多数引き渡し,その結果,車両15台の価格相当の損害を生じさせたものであり,店長として職務を遂行するに当たり重大な過失があったことは明らかというべきである
  
・使用者が,その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により直接損失を被った場合,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防ないし分散についての配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し同損害の賠償を請求することができるものと解すべきである
  
・本件は店舗の売上実績を上げたいという従業員Yの心情をAに利用された結果であって,従業員Yが直接個人的利益を得ることを意図して行ったものではないと認められること、株式会社Gのブロックマネージャーは,各店舗に販売目標を設定した上,各店長に対し「とにかく数字を上げろ。手段を選ぶな。」等と申し向けるなど,折に触れては目標を達成するよう督励し、売上至上主義ともいうべき指導を行っていたこと等の事情を総合して勘案すると,株式会社Gは,信義則上,損害の2分の1である2578万3800円の限度で従業員Yに損害の賠償を求めることができる

郵便事業(特定郵便局局長事件)-福岡地判平成20年2月26日
【事案】

特定郵便局の局長であった労働者Yが、内国郵便約款(郵便規則)において定められている割引制度に反する高い割引率を適用して算出した低料金で郵便利用をさせ、それによって、郵便事業株式会社(民営化前は日本郵政公社)に損害を与えたとして、同社が、労働者Yに対し、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求として6億7000万円余りを請求した事件

【判旨】

・本件割引行為は債務不履行に該当し、これによって会社には6億7166万4562円の減収が生じているところ、労働者Yは、この債務不履行と相当因果関係のある損害のうち、労働者Yの労働条件・労働環境、勤務態度、行為の態様、その行為の予防若しくは損害の分散についての会社の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則(民法1条2項)上相当と認められる部分については、会社に対し損害賠償義務を負うと解するのが相当
  
・労働者Yの勤務態度は誠実であり、本件割引行為もZ郵便局の取引量を増加させたいとの思いから出たもので、自己又は会社以外の第三者の経済的利益を図る目的はなかったと認められ、積極的に会社に害悪を与えたり、職務を懈怠したりしたものではなく、いわば度を超えた営業努力の結果ともいい得るものであって、行為態様が悪質とはいえない
  
・労働者Yが本件割引行為を行ったのは、会社が課した部会ごとのノルマや、事実上達成することを求められていたZ郵便局単局でのノルマを達成したいということが主要な動機となっており、ノルマ制という労働環境にも一因がある
  
・会社は、違法な本件割引行為に気付く契機はあったのに、本件割引行為の期間に限っても約2年間にわたりこれに気付かなかったものであり、本件割引行為による損害拡大には会社側にも一定の原因がある
  
・これらの事情を総合すると、会社の主張する損害額のうち、5000万円をもって、労働者Yが会社に対し信義則上賠償しなければならない損害賠償額であると解するのが相当

労働者に対する責任追及と懲戒解雇

労働者の責任を制限する責任制限法理により、会社の損害が労働者の軽過失によって生じた場合には当該労働者に対して損害賠償を請求することはできません。このような場合は、ミスの内容や損害の性質、金額等を人事考課査定の中で考慮し、人事や昇給・賞与等に反映することになるでしょう。労働者の行為が職務懈怠や業務命令違反に基づくものであり、懲戒事由に該当する場合には懲戒処分を検討することもあるでしょう。
  
もっとも、横領や背任など悪意による利得行為であればともかく、たとえ重過失であったとしても、過失による労働義務違反を理由とする懲戒解雇は容易には認められないと考えられます。そもそも就業規則上も、そのような労働義務違反行為を懲戒解雇事由に挙げられていない例も多く見受けられます。
  
したがって、重大な過失によって会社に損害を加えた労働者を会社に残すことが許容できない場合には、損害の全部又は一部の免除等を条件として、損害賠償請求と退職とを合わせて協議するなど、対応方法を工夫する必要があります。

労働者への賠償請求と就業規則の定め方

裁判例が示す責任制限法理により、労働者の軽過失によって生じた損害を会社が労働者に対して裁判上請求することは一般的にはできません。
  
もっとも、民法の原則として、債務不履行又は不法行為により損害賠償責任が発生するのは「故意又は過失」の場合です。裁判では、諸般の事情を考慮して労働者の責任が制限されていますが、法律上、労働者であることを理由としてその責任を無条件に減免する規定があるわけではありません。
  
したがって、「故意又は重過失」があった場合にのみ労働者に会社への損害賠償責任が発生するという規定の仕方をしている就業規則を多く見かけますが、必ずしもそのような規定とする必要はありません。
  
「従業員に優しい会社であることを強く示したい」というのであれば良いですが、そうはいってもここはあくまで労働義務違反の局面です。あらかじめ軽過失を免除することなく、「故意又は過失」により会社に損害を与えた場合に賠償責任を負うことがありうるということを、就業規則には明記しておいてもよいのではないでしょうか。

労働問題対応には専門家の支援を

ここでは、従業員に対する損害賠償請求の可否について説明をさせていただきました。従業員に対して損害賠償を請求する局面では、懲戒処分や人事配転、給与や解雇・退職の問題など、様々な事項を検討したうえで、方針を定め手順を踏んで対応を進めていく必要があります。
  
労働規制は複雑なうえに、その理解と手続きを誤れば、求めた結果が得られないばかりか、かえって大きなリスクを企業にもたらします。労働問題については、労働問題に強い弁護士などの労務の専門家の支援を受けながら、方針の策定と実行をされることを強くお勧めいたします。真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。


 

当事務所では、予防法務の視点から、企業様に顧問弁護士契約を推奨しております。顧問弁護士には、法務コストを軽減し、経営に専念できる環境を整えるなど、様々なメリットがあります。 詳しくは、【顧問弁護士のメリット】をご覧ください。

実際に顧問契約をご締結いただいている企業様の声はこちら【顧問先インタビュー

関連記事はこちら

労働コラムの最新記事