労災事案の賠償請求に対する使用者側対応と労災保険

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労災事故と労災補償

労働者が労務に従事したことによって負傷、疾病、死亡という結果を被る労働災害については、それが企業等の経済活動に伴い不可避的に発生する現象であることから、被災労働者を保護するため労災補償制度が整備されています。  
労働基準法は第8章「災害補償」において、労働者が業務上負傷し、疾病にかかり、または死亡した場合に使用者が行うべき補償を定めています。そして、これを十全化するために、労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づく労災保険制度が制定されています。  
この政府が管掌する労災保険制度によって、労働基準法上使用者が補償責任を負うべきとされている労災補償の大部分が填補されます。

労災保険の仕組み

労災保険と使用者の補償責任

労災保険は、労基法上使用者が負っている労災補償責任を填補するものです。  
したがって、労基法に規定する災害補償事由に関し労災保険法に基づく保険給付が行われるべき場合においては、使用者は、その限度において「補償の責めを免れる」ことになります(労基法84条1項)。

すべての事業所に適用される

労災保険は、労働者を使用する全事業が適用事業となっています。  
ただし、個人経営の農林・畜産・水産の事業でごく小規模なもの(労働者5人未満など)は暫定任意適用事業です。

使用者の過失の有無は問わない

労災保険給付は、使用者に過失があるか否かにかかわらず支給されます。  
また、被災労働者の過失によって労災事故が発生した場合であっても支給は妨げられませんし、減額もされません。  
ただし、被災労働者が故意に傷病等の結果又は直接の原因となった事故を商事させたときなどは、給付がされないことがあります(労災保険法12条の2の2)。

通勤災害にも補償される

労災保険法は、業務災害のみならず、通勤途中の災害によって生じた傷病等についても給付の対象としています。  
もともと労災保険の対象は業務中の業務災害に限られていましたが、通勤途上の交通事故等が多発する社会情勢の中で、1973年の法改正によって通勤災害が補償の対象に加えられました。

労災保険給付は労災認定がなされてはじめて支給される

労災保険給付は、①被災者が労働者であることを前提として、②傷病等の結果が生じていること、③当該傷病等の業務上又は通勤によるものであること、及び④給付の種類に応じた要件を満たすことの各要件を充足してはじめて支給されることになります。  
被災労働者等から請求を受けた労働基準監督署長が支給又は不支給の決定を行います。労災認定にあたっては、事故によって生じた負傷等が「業務上」ものであるかについてしばしば争われています。  
決定に不服のある者は、各都道府県労働局内の労働者災害補償保険審査官に対する審査請求、厚生労働省本省内の労働保険審査会に対する再審査請求などの不服申し立てを行うことができます。

労災給付の種類と内容

労災保険給付には、次のものがあります。  
① 療養(補償)給付   傷病の治療費
② 休業(補償)給付   休業療養中の生活保障
③ 障害(補償)給付   心身の後遺障害に対する給付
④ 遺族(補償)給付   死亡労働者の遺族に対する給付
⑤ 葬祭料(葬祭給付)  死亡労働者の葬儀費用に対する給付
⑥ 傷病(補償)給付   受傷・発症から1年6か月を経過した重篤な傷病に対する給付
⑦ 介護(補償)給付   重篤な傷病によって受ける介護に対する給付
⑧ 二次健康診断等    循環器系の異常所見が出た場合の健康診断費

労災事案における使用者の賠償責任

民法上の損害賠償請求

労災保険によって労働基準法上使用者が補償責任を負うべきとされている労災補償の大部分が填補されることは、これまで説明してきたとおりです。  
もっとも、休業に対する補償が特別支給金を含めても8割の補償にとどまっていることや、物損や慰謝料が補償対象外となっていることから、労災保険によって被災労働者が被った損害のすべてが填補されているとは必ずしも言えない場合もあり得ます。  
そのため、被災労働者は、労災保険の給付請求とは別に、使用者に対し損害賠償請求を行うことがあります。請求の法的根拠としては、不法行為責任(民法79条、715条、717条)、または債務不履行責任(民法415条)が挙げられます。  

賠償請求を受けた場合の企業対応

労災認定を受けている場合でも企業が責任を負うとは限らない

労災保険制度における労災認定は、その支給要件に使用者の故意・過失は求められていません。使用者に過失がない場合でも、被災労働者保護の観点から労災保険給付はなされます。  
そのため、使用者が賠償責任を負うか否かについては、まず過失の有無についての検討を行うべきといえます。

労働関係法令と安全配慮義務

使用者は、労働契約に付随して、自己の使用する労働者の生命・健康を危険から保護するよう配慮する義務を信義則上負っています。使用者が負っているこのような義務は安全配慮義務と呼ばれ、判例上確立されているとともに、労働契約法5条でも「労働者の安全への配慮」として明定されています。  
この使用者が負うべき安全配慮義務の内容は、個別具体的な事案ごとに検討することになりますが、労働基準法や労働安全衛生法、あるいはこれらの関係法令の遵守状況は、一つの重要な指針となりえます。労働安全衛生法をはじめとした労働関係法令は、労働災害防止、労働者の安全・健康の確保を目的として各種の危険防止措置等を定めていることから、これら諸規定に対する違反がある場合には、使用者の安全配慮義務違反の有無の判断に影響があることは避けられません。  
したがって、各業種や事案に応じて、労働安全衛生法やその細則、ガイドライン等の関係規定を確認することが求められます。

過失相殺による賠償額の減額

使用者に不法行為責任ないし債務不履行責任が認められる場合であっても、当該事故ないし損害の発生にあたり被災労働者側に過失があった場合には、過失相殺による減額を行うことができます(民法418条、同法722条2項)。  
用法違反や異常行動、被災労働者自身の深酒・夜更かしなどの不摂生、あるいは病状の使用者への秘匿なども被災労働者側の過失として斟酌されえます。  
また、労働者の性格・心因的な要素(脆弱性)が損害の発生や拡大に寄与している場合にも、使用者の責任軽減が認められる可能性があります(過失相殺の類推適用)。

各損害内容の精査

労働災害によって労働者が被る具体的な損害の内容は、主に次の事項が挙げられます。

① 積極損害

治療費、通院交通費等

② 消極損害

休業損害、後遺障害逸失利益、死亡逸失利益

③ 将来の介護費

介護が必要な後遺障害が残存した場合

④ 慰謝料

入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料

⑤ 弁護士費用等

訴訟提起等のために弁護士へ依頼せざるを得ない場合
  
損害論については、交通事故分野において理論や実務の蓄積が豊富なため、同分野における損害賠償の議論が参考にされることが多いといえます。  
事故の内容や被害の状態等を個別に精査し、使用者側が負うべき適正な賠償額を検討します。

賠償請求を受けた場合は労働問題に強い弁護士に相談を

労災事故が起きてしまった場合、あるいは労働者から賠償請求を受けた場合には、すぐに労働問題や労災案件に精通した弁護士にご相談をされることをお勧めします。
  
これまで説明してきたとおり、労災事故があったとしても使用者側が直ちに賠償責任を負うとは限らないうえ、責任が認められる場合であっても損害額の減額が可能な場合も多くあります。また、賠償請求の局面では、請求する側の多くが弁護士を代理人に立てているか、あるいは労働組合(ユニオン)へ加入し労働組合をとおして交渉を行います。企業が何らの準備もしないままこうした交渉に臨めば、一方的な主張を受け思わぬ賠償額の支払いを強いられてしまう可能性があります。責任を負うべき点はしっかりと負い、そうでない点は明確にするなど入念な検討を踏まえることは、余計な紛争の拡大を防ぐことにもつながります。
  
各企業においては、コンプライアンス確保を充実させるとともに、問題が発生した際には迅速・的確に労働関係法規に精通した弁護士等の専門家から助言・指導を受けられる体制を普段から構築しておくことが望ましいといえます。


 

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