残業時間の立証-使用者による労働時間の適正把握義務
虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、残業代請求への対応方法をご提案するとともに、団体交渉・労働組合対策、ハラスメント問題、休職問題など各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことが可能です。未払い残業代請求の問題等でお困りの会社様は、是非一度当事務所にご相談ください。
本記事で書かれている内容
残業時間の立証責任は労働者、使用者のどちらが負うのか?
従業員から、具体的な金額について言及がないまま、「これまでサービス残業をしてきた分の残業代を払ってほしい」とだけ要求された場合、企業側としてはどのように対応すればよいでしょうか?「残業時間や未払いだという残業代の金額を証明してみろ!」と突っぱねてしまっていいものでしょうか?あるいはそのとき、タイムカードや就業規則を見せてほしい、と言われたら、それは見せるべきでしょうか?
ここでは、労務管理のあり方や残業時間の有無を立証する責任を労働者、使用者のどちらが負うのかについて考察するとともに、そこから導かれる、残業代請求を受けた場合の使用者側のとるべき対応方法について検討していきます。
ゆるかった1980年代 - ホワイトカラー労働者の労働時間規制
もともと労働法は、「工場で集団的に働く従属的労働者」をモデルとして形成されてきたという経緯があり、工場労働者の劣悪な労働条件への対処が中心的な内容となっていました。労働時間法制は、集団的に働く工場労働者を念頭におき定型的な規制を課すという性質を強く持っていたため、工場労働者と比べれば時間的・場所的拘束が緩やかなホワイトカラー労働者については、さほど規制の必要性は認識されない時代がありました。ホワイトカラー層に対しては、労働時間法制を厳格に適用するという意識が極めて薄かったのが1980年代頃までの日本だと思います。
ホワイトカラー労働者が未払い残業代請求をするということも稀であり、裁判所も時間外労働を主張するホワイトカラー労働者に対して決してやさしくはありませんでした。
【H電機事件‐大阪地判1984年4月20日】
「被告(会社)におけるタイムカードも従業員の遅刻・欠勤を知る趣旨で設置されているものであり、従業員の労働時間を算定するために設置されたものではないと認められる。したがって、同カードに打刻・記載された時刻をもって直ちに原告ら(労働者)の就労の始期・終期と認めることはできない」ので、「原告らの労働時間を確定する証拠はない」。
つまり、当時は、会社が設置したタイムカードがあくまで遅刻・欠勤の確認のためのものであり、労働時間算定の目的で設置されていない場合、残業代請求が認められるためには、労働者側に自ら「働かされたこと」について説得性ある立証が強く求められていたのです。このような立証は労働者側から見て容易ではなく、会社としては残業代請求のリスクをほとんど感じる必要がない時代だったと思います。
2000年電通事件最高裁判決が大きな転換点
この事件は、1991年、入社2年目のホワイトカラー職(ラジオ局ラジオ推進部担当)が長時間にわたる残業を続け、うつ病に罹患し自殺した事件です。この事件は、残業代請求の事件ではなく、使用者である会社の不法行為又は安全配慮義務違反の責任を追及した損害賠償請求事件ですが、その後の労務管理のあり方に大きなインパクトを与えました。
【電通事件‐最判平成12年3月24日】
・「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。」
・「労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法65条の3は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するよう努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことのないよう注意する義務を負うと解するのが相当」である。
このように、電通事件最高裁判決は、過重労働による健康障害防止の観点から、それまでホワイトカラー労働者本人任せとするルーズな労働時間管理と使用者側の不作為を厳しく諌めました。長時間労働従事者やサービス残業(未払い残業)の増加が社会的な問題となる中で、この事件が主な契機となり、労働時間の把握方法、残業代未払い問題は大きな転換期を迎えることになります。
労働時間適正把握基準(平成13年4月6日基発339号)
平成13年(2001年)、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」が労働基準局長通達として出されました。同通達では、労働時間の適正把握が使用者の責務であることを明らかにしたうえで、使用者に対し、労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、これを記録する措置を講ずべきことを求めています。労働時間の管理方法としては、具体的には次の方法が指示されています。
① 使用者が自ら現認することにより確認し、記録すること
② タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し記録すること
③ 自己申告制の場合には、労働時間の実態を正しく申告するように説明し、実態と合致しているか必要に応じ調査し、時間外労働の上限の設定はしないようにすること
なお、平成29年(2017年)には、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」が策定され、労働時間の管理を自己申告で行う場合の留意点がより具体的に指示されています。自己申告制による場合はより厳しい措置が求められることから、あくまで例外的な管理方法と位置づけるべきでしょう。
「時間外労働の立証は労働者側がしろ!」はもう通用しない!
こうした労働時間適正把握基準の通達を背景として、法律実務の考え方も従来のものとは大きく変わっています。現在の裁判例の立場は、タイムカード等の客観的な記録によって時間管理がなされている場合には、特段の事情のない限り、タイムカード打刻時間をもって実労働時間と事実上推定しています。
【丸栄西野事件‐大阪地判平成20年1月11日】
・タイムカードによる労働時間の記録がある場合には、使用者による適切な反証がない限りその記録に従って時間外労働の時間を算定
【スロー・ライフ事件‐金沢地判平成26年9月30日】
・使用者の労働時間適正管理管理の義務を指摘して、労働時間数をその記録のままに推定
タイムカード等の客観的記録がある場合には、その記録と実際の労働時間との間に齟齬があることの立証は会社が負うことになります。労働者側に自ら「働かされたこと」について説得性ある立証が求められていた1980年代頃までとは180度転換し、使用者側に事実上は従業員が「働いていなかったこと」についての立証責任が課せられているといえます。
「タイムカード等による出退勤管理をあえてしない」は通用するか?
タイムカード等の客観的な出退勤管理の記録がある場合に、労働実態にかかわらずそのとおりに労働時間が認められてしまうのであれば、最初からそうした出退勤時間を記録しない方法をとればいいのでは?と考える方もいるかもしれません。
しかしながら、そうした考えは、労働時間適正把握基準の通達に真っ向から逆らうものであって、そうした「責任逃れ」が易々と許されるはずもありません。
【ゴムノイナキ事件‐大阪高判平成17年12月1日】
・「タイムカード等による出退勤管理をしていなかったのは、専ら被控訴人(会社)の責任によるものであって、これをもって控訴人(従業員)に不利益に扱うべきではない」
・「具体的な終業時刻や従事した勤務の内容が明らかではないことをもって、時間外労働の立証が全くされていないとして扱うのは相当ではない」
・「提出された全証拠から総合判断して、ある程度概括的に時間外労働を推認する」
「タイムカードを開示しない」は通用するか?
それでは、タイムカード等の出退勤管理記録がある場合に、そうした資料について、残業代請求をしてきた労働者側に開示しない、という対抗手段をとることはできるでしょうか?
残念ながら、裁判等の法的手続きをとられた場合には、その開示・提出を避けることは、結局のところできないと言わざるをえません。悪質な開示拒否や証拠の隠滅を図った場合には、そうした対応自体が違法性を帯び、別途不法行為の責任を問われる可能性も出てきます。
【スタジオツインク事件‐東京地判平成23年10月25日】
・「時間外労働等を行ったことについては、同手当の支払を求める労働者側が主張・立証責任を負う」
・「他方で、労基法が時間外・深夜・休日労働について厳格な規制を行い、使用者に労働時間を管理する義務を負わせているものと解されることからすれば、このような時間外手当等請求訴訟においては、本来、労働時間を管理すべき使用者側が適切に積極否認ないし間接反証を行うことが期待されているという側面もある」
・「合理的な理由がないにもかかわらず、使用者が、本来、容易に提出できるはずの労働時間管理に関する資料を提出しない場合には、公平の観点に照らし、合理的な推計方法により労働時間を算定することが許される場合もある」
【医療法人大生会事件‐大阪地判平成22年7月15日】
・「使用者は、労基法の規制を受ける労働契約の付随義務として、信義則上、・・・・・・労働者からタイムカード等の開示を求められた場合には、その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り、保存しているタイムカード等を開示すべき義務を負う」
・「使用者がこの義務に違反して、タイムカード等の機械的手段によって労働時間の管理をしているのに、正当な理由なく労働者にタイムカード等の打刻をさせなかったり、特段の事情なくタイムカード等の開示を拒絶したときは、その行為は、違法性を有し、不法行為を構成する」
残業代請求を受けた場合にとるべき使用者の対応
時代の変化に対応することが求められている
いかがでしたでしょうか。時代の移り変わりにより、労務管理の在り方や未払い残業代請求問題に対する行政、司法の考え方や態度も変化していることがよくお分かりいただけるのではないでしょうか。「昔はああだった」「自分たちの時代はこうだった」と言いたくはなりますが、残念ながら過去のやり方は今では通用しません。時代に合わせ、労働法制との向き合い方も変化させていくことが企業には求められています。
迷わず労務専門家へ相談を
企業が労働者から未払い残業代請求を受けた場合、上記のとおり、タイムカード等の資料の開示を求められることや、会社側でも実労働時間を算定するなど、多くの検討すべき事項があります。
具体的な対応方法は、残業代請求が労働者本人自身で行われているのか、弁護士がついているのか、または、ユニオン・合同労組といった労働組合に加入して団体交渉の申入れとして行われているのか等によっても異なってきます。あるいは、従業員一人からの請求なのか、複数人からの請求なのかによっても対応方法が分かれることもあります。
未払い残業代請求の問題は、ひとたび判断を誤れば、付加金や遅延損害金などを含め支払額が想像を超えて巨額に膨らむ可能性があり、企業が被るダメージは計り知れません。また、現在請求を受けている残業代問題のほかに、今後新たな残業代請求がなされる可能性もあり、将来的なリスクを抑止するためには、予防法務の処方をすることも非常に大切です。
そのため、従業員から未払い残業代請求を受けた場合には、労働問題に強い弁護士など労務の専門家にご相談されることを強くお勧めいたします。また、残業代の請求を受けていない場合であっても、時代に適合する労務管理を実践し、残業代請求リスクをなくすためにも、労務を専門的に取扱う弁護士などの労務専門家による支援を日ごろから受けられることをお勧めいたします。真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。
当事務所では、予防法務の視点から、企業様に顧問弁護士契約を推奨しております。顧問弁護士には、法務コストを軽減し、経営に専念できる環境を整えるなど、様々なメリットがあります。 詳しくは、【顧問弁護士のメリット】をご覧ください。
実際に顧問契約をご締結いただいている企業様の声はこちら【顧問先インタビュー】
岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。
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