社員が始末書を提出しない!

虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、問題社員への対応方法をご提案するとともに、団体交渉・労働組合対策、未払残業代問題、休職問題など各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことが可能です。問題社員対応や解雇無効の問題等でお困りの会社様は、是非一度当事務所にご相談ください。

始末書を求める懲戒処分

けん責

懲戒の種類には企業ごとに様々なものがありますが、典型的な処分としては、軽いものから順に戒告・けん責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇が挙げられます。

このうち、けん責とは、始末書を提出させて将来を戒めることをいいます。

けん責と近いものに戒告がありますが、こちらは将来を戒めることをいい、一般的には始末書の提出を伴わない処分です。

もっとも、これらは一般的な用語上の意味であって、法律で定義されているものではありません。そのため、実際は企業ごとにその用語の意味が異なることもあり得ます。就業規則において懲戒処分としての戒告に始末書の提出を求める旨が定められているのであれば、戒告処分をする場合に始末書の提出を求めることになります(そうした規定としている場合は実質上「戒告」=「けん責」であり、別途の処分として「けん責」を定めていないことも多いと思います。)。

その他の懲戒処分で始末書を求める場合

減給や出勤停止などけん責以外の処分においても始末書の提出を求めることは可能です。始末書とはいわば「反省文」であり、非違行為者において服務規律違反等に対する反省を文字で表すことは、その内心はどうあれ、形を残すという意味において使用者側にとっては有益です。

始末書の提出を強制できるか

始末書を提出しない社員

懲戒処分に納得していない、あるいは会社に対してそもそも反発しているなどの理由により、始末書の提出を命じられた場合であっても、始末書を提出しない労働者がいます。使用者側からの始末書提出の要請に対し、無反応といった無視をする者もいれば、始末書は提出しない、と明確に拒否する者もいるでしょう。

 始末書不提出に対する懲戒処分の可否

このようにけん責処分等において始末書を提出しない従業員に対し、企業は始末書の提出を強制できるでしょうか。強制するといっても、無理やり手をつかんで書かせるなどということはできませんので、始末書不提出に対する制裁としてさらに懲戒処分を課すことができるかが問題となります。

 懲戒処分を肯定した裁判例

始末書の不提出は「職務上の指示命令に従わない」ものとして懲戒の対象となるという見解があります。

【K川乳業事件‐大阪地裁平成17年4月27日(労判897号43頁)】

「企業秩序は,企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであるから,企業は,その秩序を維持確保するために必要な事項を規則に定めたり,具体的に労働者に指示,命令することができ,他方,労働者は,労働契約を締結して企業に雇用されることによって,企業に対し,労務提供義務を負うとともに,これに付随して,前記秩序を遵守する義務を負っているのであるから,始末書の提出を強制することが,労働者の人格を無視し,意思決定ないし良心の自由を不当に制限するものでない限り,使用者は非違行為をした労働者に対し,謝罪又は反省の意思を表明する内容の始末書等の提出を命ずることができ,労働者が正当な理由なくこれに従わない場合には,これを理由として懲戒処分をすることができるというべきである。」

 懲戒処分を否定した裁判例

他方で、労働契約は労働者の人格までを支配するものではなく、始末書の提出は労働者本人の自由意思に委ねられるべきものであることを理由に、その提出を懲戒処分によって強制することはできないとする見解があります。

【M住製紙事件‐高松高判昭和46年2月25日(労民集22巻1号)】

「始末書の提出命令は、懲戒処分を実施するために発せられる命令であって、労働者が雇傭契約に基づき使用者の指揮監督に従い労務を提供する場において発せられる命令ではないのである。一般に、就業規則の懲戒規定なるものは、労働者が使用者の指揮命令に従い労務を提供する場における秩序違反行為について規定するのが本則であると解せられるばかりでなく、近代的雇傭契約のもとでは労働者の義務は労務提供義務に尽き、労働者は何ら使用者から身分的、人格的支配を受けるものではないこと、現在の法制度のもとでは個人の意思の自由は最大限に尊重せられるべきであり、始末書の提出の強制は右の法理念に反することを考慮すれば、始末書の提出命令は業務上の指示命令(懲戒処分を発動する要件となるべき業務上の指示命令)に該当しないものと解するのが相当である。」

始末書不提出社員への企業対応

 始末書不提出に対する懲戒処分は必要か

始末書不提出を業務命令違反として懲戒処分を行うことができるか否かについては、上述のとおり裁判例の結論は分かれています。上記裁判例は一例ですが、懲戒処分の有効性を否定する裁判例が数多く存在していることに加え、労働法学者の見解としても否定説が有力となっていることには留意が必要です。

始末書は、自己の誤りを陳謝し、ふたたび同様な職場規律違反を犯さないことを確約する趣旨のものです。それを提出しないという態度は、その趣旨を全うしないという意思の表れと捉えられますが、そうであれば、もし仮に再び同じような規律違反行為に及んだ場合には、より重い懲戒処分をもって臨むことが可能です。始末書の提出は、それ自体が目的というわけではなく、けん責等の懲戒処分に付随して命じられるものとして位置付けられることをも踏まえて考えれば、始末書の提出を強制する意味は乏しいように思います。

 人事権行使による対応

もっとも、始末書不提出という不誠実な態度それ自体を黙認することは、職場規律の保持という観点からは望ましいものではありません。使用者としては、人事考課査定の中において、始末書不提出の事実を考慮要素として、賞与の不支給ないし減額を行うことも検討に値します。また、人事権行使としての裁量的判断により、降職や配置転換などを行うことも、労働者の能力開発や業務運営の円滑化などの業務の必要性に基づく限り、労働力の適正配置として許容されます。

使用者は、始末書の提出それ自体にこだわるのではなく、始末書不提出という問題行為から顕出される当該労働者の適性を全体としてとらえた対応を行うべきといえるでしょう。

労務管理には専門家の支援を

ここでは、始末書提出を伴う懲戒処分を行ったにもかかわらず、始末書の提出を拒否する問題社員対応について説明させていただきました。使用者は、始末書不提出という通常では考え難い強硬な態度を示す労働者に対しても、これを強要するのではなく、冷静にかつより強力な戦略的人事権の行使を行うことが望ましいといえます。
労働規制は複雑なうえに、その理解と運用を誤れば大きなリスクを企業にもたらします。労務管理については、労働問題に強い弁護士や法律事務所などの労務の専門家の支援を受けながら、制度設計と運用をされることを強くお勧めいたします。真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。


 

当事務所では、予防法務の視点から、企業様に顧問弁護士契約を推奨しております。顧問弁護士には、法務コストを軽減し、経営に専念できる環境を整えるなど、様々なメリットがあります。 詳しくは、【顧問弁護士のメリット】をご覧ください。

実際に顧問契約をご締結いただいている企業様の声はこちら【顧問先インタビュー

関連記事はこちら

労働コラムの最新記事