労働条件の不利益変更-就業規則の修正・変更は自由にできるか?

虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、法的な視点から就業規則の作成・変更・届け出に関するご提案をするとともに、解雇や未払残業代問題、休職問題など各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことも可能です。就業規則の作成・変更でお困りの会社様は、是非一度当事務所にご相談ください。

手当の削減、賃金の切下げ

労働条件の不利益変更の代表例としては、今まで支給していた手当をなくすことや、賃金テーブルの改定など、賃金の引き下げ処遇があります。労働条件の不利益変更は賃金の問題に限られるわけではありませんが、紛争化しているもののほとんどはやはり賃金の切り下げに関係する事案となっています。企業が従業員にとって不利益な労働条件変更を行おうとする場合、使用者としてはどのような点に注意し、どのような手順を経るべきでしょうか。

よくある誤解-個別の同意だけでは労働条件は変えられない

前提として、たとえば、不利益変更の対象となる労働者全員と話し合いを行い、全員から同意書を取得すれば労働条件を変更できるかというと、決してそうではありません。まずはこの点を抑えておかなければいけません。
  
就業規則には、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則の定める基準による」(労働契約法12条)という「最低基準効」があります。したがって、新しい労働条件について労働者と同意したとしても、その労働条件が就業規則で定める基準を下回るものであったなら、そうした個別の労働契約は無効となってしまいます。つまり、就業規則で定められている労働条件を労働者にとって不利益な方向に変えようとする場合は、必ず就業規則を変更することによって行う必要があるのです。

合意による就業規則の変更

使用者による一方的不利益変更は原則として認められない

労働条件の変更は就業規則の変更によって行うべきであるとして、その就業規則の変更はどのように行うことができるでしょうか。
  
労働契約には、合意原則というものがあります。「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする」(労契法3条1項)ものであり、それはつまり、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」(労契法8条)ことになります。そして、労働契約法9条は、就業規則の変更による労働条件の変更についてもこの合意原則が妥当することを明示しています。
  
したがって、就業規則の変更による労働条件の変更も、労働者から同意を得て、合意によって行うことが原則だということになります。

8割の従業員は同意しているが2割だけ不同意、の場合はどうなるか

ほとんどの従業員は就業規則の変更に同意しているが、少数の従業員のみ反対している、といった場合、就業規則は変更されたといえるでしょうか。
  
この場合、就業規則の変更に同意している従業員については、合意原則に従い、就業規則が有効に変更され新就業規則が就業規則としての効力を持つことになると考えられます。他方で、不同意の従業員については、合意による就業規則の変更はなされませんので、次に説明する「合理的変更」の場合を除き、従前の旧就業規則が適用されるということになります。
  
実はこの点の法解釈については諸説あるところですが、基本的にはこのように考えることができるでしょう。なお、合意により就業規則を変更できるとはいえ、労働者は使用者に対し交渉力が弱い立場に置かれていることが多いことから、労働条件の不利益変更について労働者の自由な意思があったか否かについて争われる可能性もありますので、就業規則の変更内容の説明や同意取得の手続きにも注意が必要です。

熊本信用金庫事件(熊本地判平成26年1月24日)

・労働条件を労働者に不利益に変更する内容でありかつ合理性がない就業規則の変更であっても、当該就業規則の変更について労働者の個別の同意がある場合には、当該労働者との間では就業規則の変更によって労働条件は有効に変更されると解される。
  
・もっとも、上記同意は、労働者の労働条件が不利益に変更されるという重大な効果を生じさせるものであるから、その同意の有無の認定については慎重な判断を要し、各労働者が当該変更によって生じる不利益性について十分に認識した上で、自由な意思に基づき同意の意思を表明した場合に限って、同意をしたことが認められると解するべきである。

就業規則の合理的変更

合意がない限り就業規則を変更できないというのであれば、労働条件の画一的処理、統一的な運用が損なわれ、効率的な事業経営の実現が阻害されてしまいます。そのため、労働契約法は、就業規則による労働条件の不利益変更について合意原則を謳いつつも、合理性ある場合の変更を許容しています。すなわち、労働契約法は、「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする」(労契法10条)と規定しています。

合理性の判断

就業規則の変更が合理的なものであれば、就業規則の変更にともなう労働条件の不利益変更も有効に行うことが可能です。そして、この「合理性」判断は、次の各考慮要素を総合判断して行われます。
①労働者の受ける不利益の程度
②労働条件の変更の必要性
③変更後の就業規則の内容の相当性
④労働組合等との交渉の状況
⑤その他の就業規則の変更に係る事情
  
したがって、就業規則の変更を行う場合には、こうした各要素に照らして合理性を有するか否かを検討し、不足する要素があればそれを充足させるよう進めていく必要があります。

第四銀行事件(最判平成9年2月28日)

・新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。
  
・当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。
  
・合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。
  
・55歳から60歳への定年延長及びこれに伴う55歳以降の労働条件を変更したことにより、定年後在職者が58歳まで勤務して得ることを期待することができた賃金等の額を60歳定年近くまで勤務しなければ得ることができなくなるなど、その労働条件が実質的に不利益に変更されるとしても、当該就業規則の変更は合理的な内容のものである。

R社事件(東京高判平成30年1月25日)

・新人事制度を導入し各種就業規則を変更したことに伴い、旧賃金規定のもとにおいて支給されていた手当が廃止又は減額され、50歳以上の従業員については、従来であれば労使交渉の結果を踏まえて昇給が期待できたにもかかわらず、昇格がない限り昇給しない仕組みに変更された就業規則の変更について、合理性を欠く違法な不利益変更であると争われた事例
  
・裁判所は、減額による賃金の減少分は5年間にわたる職能調整給及び手当調整給の支給により相当程度緩和されていて不利益の程度は大きくなかったこと、基本給について毎年の労使交渉の結果を踏まえた一律の昇給が実施されていたという従前の取扱いを改め、年齢に応じて額が決定される年齢給と資格等級に応じて額が決定される職能給との組合せにより基本給が支給される仕組みを導入すること及び従業員の職務の内容や能力とかかわりなく支給される諸手当の賃金に占める割合を低下させ、従業員個人の能力や成果を適切に反映する賃金体系に見直すことについては高度の経営上の必要性があったこと、団体交渉等により新人事制度について組合の理解を得るための努力をしたこと等を理由に挙げ、不利益を従業員に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容であると評価することができると述べ、就業規則の変更を有効とした。

就業規則は「周知」が必要

就業規則の変更に合理性が認められるとしても、変更後の就業規則を「周知」させなければそれは効力を持ちえません(労契法10条)。使用者は、事業場において変更内容を労働者が知り得る状態に置くことを怠らないように注意しましょう。

労務管理には専門家の支援を

ここでは就業規則の変更による労働条件の不利益変更について説明をさせていただきました。就業規則の変更に関しては、種々の考慮要素を踏まえて個別具体的に合理性を検討する必要があり、労働組合等との交渉も状況に応じて行う必要があります。また、就業規則の各条項の定め方などについても法的事項を踏まえて検討を行い、使用者が予期しない不利益を被らないように適切に作成・変更・運用をする必要があります。
  
労働規制は複雑なうえに、その理解と運用を誤れば経営を揺るがしかねない大きなリスクを企業にもたらします。労務管理については、労働問題に強い弁護士などの労務の専門家の支援を受けながら、制度設計と運用をされることを強くお勧めいたします。真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。


 

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