【コラム】運送業者必!歩合給の制度設計と賃金制度変更の手引き

虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、残業代請求への対応方法をご提案するとともに、団体交渉・労働組合対策、ハラスメント問題、休職問題など各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことが可能です。未払い残業代請求の問題等でお困りの会社様は、是非一度当事務所にご相談ください。

運送業者について

運送業者の基本賃金構成の検討

基本構成

基本賃金の構成としては、大きくは次の3とおりが考えられます。運送業者では、①固定給だけという会社は少ないかもしれませんが、<固定給+定額残業代>という制度を採用している会社もあります。この賃金制度はリスクが非常に大きいため改定することをお勧めしますが、定額残業代制の難点は別の記事【経営者必見!定額残業代制が否定された場合の三重苦】【経営者必見!定額残業代制に関する重要判決と時代の変化への対応】で解説していますのでこちらも併せてご参考いただければと思います。

①固定給 (+ 割増賃金)

②固定給 + 歩合給 (+ 割増賃金)

③歩合給 (+ 割増賃金)

このうち、②の固定給+歩合給型については、固定給と歩合給のどちらに重きを置くかによってA)固定給主体型とB)歩合給主体型に分けることができます。

また、賃金制度の設計にあたっては、こうした基本賃金とは別に各種手当を置くことが多いといえます。

大型車による長距離輸送の場合の検討例

基本賃金の構成を考えるにあたっては、賃金総額が割増賃金を含めた労務費全体の範囲内に収まるよう設計することが大切です。例えば、次のような長距離輸送のケースでは、割増賃金の金額が高額となるため歩合給中心の基本賃金が検討に値します。

  • 1日12時間労働、週休2日制、1か月22日勤務
  • 1月あたり時間外労働時間数=12時間×22日-170時間=94時間
  • 時間単価を1000円とした場合の月額賃金
    1000円×170時間+1000円×1.25×94時間=287,500円
  • 年収=3,450,000円

このケースでは、基本給が最低賃金に近い時給1000円でも年間の賃金総額は350万円近くになります。このように、想定される時間外労働時間が多く割増賃金の比率が高くなる場合には、割増賃金を低く抑えることができ、しかも貢献度に応じて賃金を分配できる歩合給中心の賃金構成を検討してみることをお勧めします。

なお、こうした長時間労働を要する長距離輸送事業者でありがちなのが、正確な労働時間を把握することなく感覚で時間単価を設定し、残業代も実労働時間の算定をしないまま概括的に一定額を支払うというものです。割増賃金を適切に算定しない場合、誤った時間単価によって割増賃金を含めた本来の賃金総額は想定を大幅に上回る可能性が高くなり、しかも残業代の支払方法も誤っている場合には、支払済みと認識していた残業代が残業代として認められないリスクを生んでしまうので注意が必要です。

歩合給の詳細設計

主な歩合指標

歩合指標には様々なものがありますが、代表的なものとしては次の指標があげられます。社内標準運賃や運行方面別の歩合指標を採用する会社が多い印象ですが、それぞれの企業ごとに自社の実状に合わせた指標を定めます。

  • 売上(運送収入) :売上 × 〇%
  • 社内標準運賃   :社内標準運賃 × 〇%
  • 走行距離     :走行距離 × 〇円
  • 立寄り件数    :立寄り先 × 〇円
  • コスト意識醸成  :[売上-燃料費-高速代] × 〇%
歩合指標設定の3つのポイント

どのような歩合指標を定めるかについては、次の3つの視点から検討すると良いと思います。

①基本理念

なぜ賃金を歩合給で支給するのか、なぜその歩合給指標を採用するのか、ドライバーにどのような行動を期待するのかなど、歩合給制を採る理由を明確にしておくことが肝要です。

歩合給制の効用には割増賃金の金額を圧倒的に低く抑えることができるというものがありますが、それはあくまで経営サイド側からみた効用です。制度を効果的に運用し、生産性を高めるためには、ドライバー側にとって納得感のある制度理念を示す必要があり、頑張った人が報われるようなインセンティブの設計をすることが必要です。頑張りしだいで高い給与を獲得できるというのが歩合給の本来の目的であり、またその指標は公平性を有するものであることが大切です。

②明確性・平易性

歩合指標が複雑で理解が難しいと、ドライバーにとってインセンティブを感じにくくなってしまいます。ドライバーが自分で何をどれだけ頑張ればどれくらいの歩合給を得られるのか、自分自身で計算できる制度であることが望ましいといえます。

ドライバーは、自分の歩合給の金額は本当に正しい計算で算定されているのか、あるいは他のドライバーの歩合給の金額はどうなっているのか、などについて気になっているはずです。そうしたとき、計算が複雑で歩合給額の算段ができなければ、使用者に対して不要な不信感を抱かせてしまいます。歩合給は、明確で平易な仕組みとすべきでしょう。

③法令適合性

そして何より肝要なのは、歩合給制度の設計が法令に適合していることです。賃金制度、歩合給の設定は、自社の実状に合わせたオリジナルの仕様となることがほとんどです。このため、それぞれの歩合給制について、それが法令に適合した適切なものであるかについて、一つ一つチェックをすることが必要です。仮に労働基準法上のルールを逸脱した歩合給制度となっていた場合、割増賃金の圧縮という歩合給制度の最大の効用を享受することができないことになってしまい、思わぬ大きな痛手を被ることになりかねません。策定した歩合給制の法令適合性についてのチェックは必須といえるでしょう。

補助的インセンティブとしての各種手当

賃金制度の設計にあたっては、歩合給などの基本賃金に加えて、補助的な手当を設定することを検討します。手当の趣旨を明確にして、ドライバーなど社員に期待する行動が導かれるような手当とすることが望ましいといえます。貢献度に応じた手当とすれば、それは歩合給と同様に生産性を高める効果をもちます。昔からある手当をそのまま残している、あるいは他社でよくみられる手当をなんとなく設けているなどの企業も散見されますが、意義が薄い手当や趣旨が不透明な手当は廃止し、効果的に労務費を配分すべきでしょう。

運送業者の主な補助的手当としては次のようなものが考えられますが、各社の実状に合わせて設定します。

 

【主な補助的手当】

  • 役職手当
  • 車種手当
  • 資格手当
  • 無事故手当
  • 洗車手当、愛車手当
  • 燃費向上手当
  • 生活補助手当(通勤手当、家族手当、住宅手当、食事手当等)

賃金制度変更のプロセス

賃金制度の変更は、概ね次のようなプロセスを経て行っていきます。給与体系の見直しは、一部に労働者への不利益変更を伴うケースが多いため、従業員への説明や従業員から同意を得られるようにするなど慎重に進める必要があります。また、一度変更した賃金制度を何度も変更することは従業員に不信感を抱かせます。変更前には、設定した歩合給を含めた新賃金制度が想定する労務費内に収まっているかなど入念なシミュレーションを経ておく必要があります。

 

【賃金制度変更プロセス】

①現行規定のリスク分析

②財務分析に基づく適正な労務費の算出

③労働時間数の実態確認

④基本賃金構成の検討

⑤歩合給の詳細設計

⑥補助的インセンティブの検討

⑦シミュレーションと修正

⑧従業員向け説明資料の作成

⑨説明と同意取得

⑩賃金規定の変更

残業代請求リスクをなくす適切な賃金制度の設計を

ここでは、割増賃金の金額を劇的に抑制する歩合給の設計方法と賃金制度変更のプロセスについて解説をさせていただきました。運送業者向けの説明ではありましたが、ここで取り上げた歩合給制の設計方法は運送業者に限定されるものではなく、他の業種の企業様にとってもご参考いただけるものとなります。

歩合給制といっても、その制度は幾分とおりも考えられ、それぞれの企業にとって自社の実状に合わせた賃金制度を構築することが大切です。ここで何より肝要なのは、せっかくの良い制度も法を無視して策定してしまえばそれは労基法が認める「出来高払(歩合給)」とは認められず、結果として意図しない未払残業代を生むことになってしまう点です。賃金制度設計を含む労務管理については、労働問題に強い弁護士などの労務の専門家の支援を受けながら、法改正や判例動向に対応した制度設計と運用をされることを強くお勧めいたします。

真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。


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