【コラム】年休取得時に支払う賃金-各種手当は「通常の賃金」に含まれるか

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年休手当の算定方法

年休手当の算定方法は3種類

年次有給休暇(年休)は、その名称のとおり、「有給」での休暇です。労働者には勤続6か月で10日間の「有給」で休暇を取ることができる権利、すなわち年休権が発生し、以降1年ごとに年休日数が増えていき、勤続6年6か月に至ると年休付与日数は20日となります。

この年休は、会社を休んでも給与が減らないもの、と一般に認識されていますが、法的に整理すると、労働者は、特定された年休日について就労義務を免れ、法所定の賃金請求権(年休手当)を取得する、ことを意味します。「法所定の賃金請求権を取得する」ことになるため、会社を休んでも給与が減らないものと認識されていますが、実はこの「賃金請求権」の内容である賃金には次の3種類があります(労基法39条9項)。

①平均賃金(平均賃金方式)
②所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金(通常賃金方式)
③健康保険法第40条第1項に規定する標準報酬月額の30分の1に相当する金額(標準報酬日額方式)

企業・使用者は、この3つのうちから一つを年休手当の算定方法として採用することになります。①平均賃金方式又は②通常賃金方式を採用する場合には就業規則又はこれに準ずるものによって定めることで足りますが、③標準報酬日額方式を採用する場合には労働組合又は労働者の過半数代表者との間で労使協定を締結する必要があります。

年休手当は通常賃金方式が一般的

この3つの算定方法のうち、一般に通常賃金方式が採用されている例が多いといえます。「通常の賃金」が支払われるため、会社を休んでも給与が減らない、というイメージに合致しやすくなります。

平均賃金方式は、年休手当として平均賃金を支給するというものですが、平均賃金が3か月間の賃金総額をその期間の総日数で除することにより算定されるものであるため(労基法12条)、年休手当の金額が変動しやすく、また毎回の計算に手間がかかるというのが難点です。

これら2つの方式に比して金額が低くなりやすいのが標準報酬日額方式です。労働者側に不利益となる可能性に配慮して、この方式を採用する場合には就業規則で定めるだけでは足りず、労基法によって労使協定の締結が求められています。労使協定を締結することなくこの方式を採用することはできず、労使協定なき当該就業規則の定め等は無効となって①平均賃金方式又は②通常賃金方式によって算定される金額を年休手当として支払う必要があります(高知地裁平成30年3月16日判決-Westlaw Japan)。

歩合給主体型賃金制度では標準報酬日額方式も

一般に通常賃金方式を採用している企業が多いといえますが、タクシー事業者やトラック運送業者など、歩合給を中心とした賃金体系を組んでいる企業では、「通常の賃金」の計算が煩雑となるなどの理由などから、標準報酬日額方式を採用している例も見受けられます。

なお、歩合給制の場合の「通常の賃金」は、賃金算定期間(当該期間に歩合賃金がない場合においては、当該期間前に歩合賃金が支払われた最後の賃金算定期間。)における歩合賃金の総額を当該賃金算定期間における総労働時間数で除した金額に、当該賃金算定期間における一日平均所定労働時間数を乗じて算出します(労基法施行規則25条1項6号)。

通常の賃金に〇〇手当も含めるか

通常の賃金とは

通常賃金方式を採用している場合、使用者は年休取得者に「通常の賃金」を年休手当として支払うことになります。この「通常の賃金」とは、文字どおり所定労働時間労働した場合に支払われる所定の賃金を意味しますので、基本給が含まれることは当然であり、基本給だけの賃金であれば年休使用によって会社を休んだとしても出勤時と変わらない給料ということになります。

もっとも、企業の賃金体系には様々な手当が定められていることが多く、それらの手当も年休手当に含めるべきか、ということが時に問題となります。

皆勤手当は年休手当に含まれるか

皆勤手当は、一般に出勤を奨励し出勤率を高めるために支払われる手当です。皆勤又は一定率以上の出勤という結果に対する報奨金としての意味を持つものですので、所定労働時間労働した場合に支払われる賃金とは基本的に性格を異にしているといえるでしょう。このため、「通常の賃金」の算定にあたっては、皆勤手当を計算の基礎に含める必要はないと考えられます。

なお、年休取得者を皆勤手当の支給対象から除外できるかという点も問題となることがありますが、年休取得を理由に皆勤手当を支給しないことは適法とされています(最高裁平成5年6月25日第2小法廷判決・民集47巻6号4585頁)。

無事故手当は年休手当に含まれるか

無事故手当は、一定期間無事故であった場合等に支払われる手当であり、主に運送業者などで設定されることが多い賃金です。この手当も、無事故などの結果に対する報奨金としての意味を持つものですので、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金に含める必要はないと考えられます。

通勤手当は年休手当に含まれるか

労働者の通勤費用を賄うための通勤手当は、多くの企業で採用されている代表的な手当です。1か月の通勤定期代相当額を支給しているような場合には、実際の通勤の有無によって定期代が増減するわけではありませんので、年休取得日分を減額することは不合理といえるでしょう。

これに対し、実際に出勤した日の分だけ後から実費支給をしているような実費精算型の通勤手当の場合には、年休取得日に通勤費用を負担する理由はないため、その費用を年休手当に含める必要はないことになります。

業務手当、危険手当など業務に関連する手当は

企業では、業務手当、危険手当、乗務手当、服務手当などの名称で、様々な業務に関連する手当を支給している例が多く見受けられます。これら業務に関連する手当については、出勤時に当該業務に従事することが予定されており、出勤すれば当然に付与されるような手当である限り、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金としての性格を持つと考えられます。したがって、これらの手当の対象業務に普段従事しているような労働者については、年休手当の額にこれらの手当の金額も含めて計算すべきことが多いといえるでしょう。

年休手当の支給方法、算定方法は就業規則で定めるべし

年休取得時に労働者に対して支給すべき年休手当について、それをどの方式によって支給するのかは、就業規則(賃金規定)に定めることが必要です。

そして、支給方法として通常賃金方式を採用した場合に、その通常の賃金をどのように算定するのかについても、就業規則(賃金規定)に定めることが求められます。特に、複数の手当を支給している場合で、それが年休手当になじむ通常の賃金といえるのか、あるいは報奨的性格が強いもので使用者としては通常の賃金と捉えていないのかということは、賃金規定で明示しておかないと労働者側からいらぬ疑念を持たれてしまいかねません。

年休は賃金が補償された休暇であり、賃金は労働者にとって最大の関心事の一つといえますので、企業・使用者には、年休について丁寧な説明・規定をすることを心掛けることが望まれます。

就業規則・賃金規定の策定・運用には専門家の支援を

年休は労働者に認められている基本的な権利であり、実際にその取得・利用がなされる場面は多く、企業・使用者にはその運用を適正に行うことが求められています。悪意がなくとも、誤解等により労使協定が未整備のままとなっている場合や、あるいは年休手当の算定に合理性を欠いてしまっている場合などは、思わぬ労務トラブルが起きてしまうことがあります。労働関係法規に適合した就業規則の策定や賃金制度の導入・運用にあたっては、人事・労務に強い弁護士や法律事務所等の専門家による支援を受けられることをお勧めいたします。

真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。


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