メンタルヘルス問題と使用者の損害賠償責任
虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、企業の経営者側に寄り添って、メンタルヘルス・ハラスメントなど各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことが可能です。メンタルヘルス・ハラスメントでお困りの会社様は、ぜひ一度当事務所にご相談ください。
本記事で書かれている内容
労災民訴とは
メンタルヘルス不調が長時間残業やセクハラ、パワハラなどの業務上の心理的負荷(ストレス)が原因となっている場合には、業務に起因して精神障害を発病したとして労災認定がなされる可能性があります。精神障害の対象疾病を発病した社員が自殺を図ったような場合には特に深刻な業務災害ともなり得ます。
労災認定がなされた場合、労災保険制度によって療養補償給付、休業補償給付等の各種給付が行われ、被災労働者が被った損害が使用者の故意・過失の有無を問題とすることなく填補されることになります。
もっとも、労災保険法上の保険給付は、休業に対する補償が特別支給金を含めても8割の補償にとどまり、慰謝料はそもそも補償対象外となっているなど、被災労働者が被った損害のすべてを填補するには必ずしも十分なものとはなっていません。そこで、労働基準法上の労災補償や労災保険法上の保険給付によってはカバーされない損害の賠償を求めて、被災労働者又は遺族が使用者である会社や経営者を訴える「労災民訴」がしばしば提起されることになります。企業および経営者は、場合によっては労災保険によってその賠償責任のすべてを免れるとは限らず、労災保険とは別に損害賠償責任を負う可能性があることをしっかりと認識しておくことが大切です。
賠償請求の法的根拠
労働者が使用者等に対して損害賠償請求を行う場合の法律構成としては、主に次のものが考えられます。
①不法行為(民法709条、715条、717条)
②債務不履行責任(民法415条、労働契約法5条等)
③取締役の第三者に対する責任(会社法429条1項) など
安全配慮義務違反
雇用契約において使用者が負う安全配慮義務とは、「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」(川義事件‐最判昭和59年4月10日)などと定義されます。労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と安全配慮義務を定め、労働契約に伴う当然の義務として明文化しています。
不法行為(民法709条等)による損害賠償請求の場合、時効が3年と短期であり、また、被害労働者側が使用者の過失の立証責任を負うこと等がハードルとなったため、一時は安全配慮義務違反を理由とする債務不履行構成が主流となりました。どの法的構成をとるかは原告の選択に委ねられていますが、債務不履行(安全配慮義務違反)と不法行為の双方を主張して損害賠償請求がなされることも多いでしょう。
労災民訴の主な争点
相当因果関係
労災保険給付のための業務上認定においては、「業務起因性」の有無が最大の争点といっても過言ではありませんが、労災民訴においてもこれに対応する「相当因果関係」の有無が大きな争点となることが多くあります。たとえば、長時間労働とうつ病発症(さらにはそれによる自殺)との間の相当因果関係の有無が争われます。
安全配慮義務、注意義務
労災民訴においては、使用者側の安全配慮義務・健康配慮義務または注意義務の内容、当該配慮義務違反、注意義務違反(過失)の有無が争点となります。
過失相殺
本人の落ち度や基礎疾患等が損害を拡大させたとして、過失相殺(民法722条2項)や同条項の類推適用により、損害額の減額を主張します。
たとえば、労働者に疾病の発症と関連する既往症がある場合や、投薬歴、その他労働者個人の肉体的・精神的要因を主張して、損害の公平な分担を求めます。
取締役個人の責任
特に中小企業では、代表者や取締役等が労働者の就労実態を直接把握していた、あるいは労務管理を直接行っていたなどと主張され、会社と併せ代表者等の役員個人に対する損害賠償請求(会社法429条1項)がなされることがあります。また、たとえば三六協定違反や1か月300時間超えの長時間労働を常態化させるなど、労働法規へのコンプライアンスがあまりにも欠如する経営を行っていた場合などには、会社役員等個人の損害賠償責任を問われることもありますので、注意が必要です。
大庄事件(大阪高判平成23年5月25日)
この事件で裁判所は、「責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し、長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは自明であり、この点の義務懈怠によって不幸にも労働者が死に至った場合においては悪意又は重過失が認められるのはやむを得ない」「現実に従業員の多数が長時間労働に従事していることを認識していたかあるいは極めて容易に認識し得たにもかかわらず、控訴人会社にこれを放置させ是正させるための措置を取らせていなかったことをもって善管注意義務違反がある」などと述べ、代表取締役や担当取締役らの個人責任を認めています。
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岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。
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