経営者必見!定額残業代制が否定された場合の三重苦
虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、残業代請求への対応方法をご提案するとともに、団体交渉・労働組合対策、ハラスメント問題、休職問題など各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことが可能です。未払い残業代請求の問題等でお困りの会社様は、是非一度当事務所にご相談ください。
本記事で書かれている内容
未払残業代請求と定額残業代
労働者から使用者に対して未払残業代請求がなされた場合に、頻繁に争点に上がるものが定額残業代(固定残業代)の問題です。
定額残業代制とは、法所定の残業代(時間外労働割増賃金,休日労働割増賃金,深夜労働割増賃金)に代えて一定額の賃金を残業代として支払うことをいい、基本給に組み込んだ形で定額残業代を支払うものや、営業手当や特別手当など「○○手当」として別建てで定額残業代を支払うものがあります。
使用者としては、残業代として毎月定額のものを支払っていることから、残業時間に対する各種割増賃金は支払済みだと考え、未払残業代請求がなされた場合に困惑とともに憤りを感じる方も多いかもしれません。しかしながら、法的な視点で見れば、定額残業代としての賃金支払いが法律上有効な割増賃金としての弁済にあたるかということは、制度設計と運用方法によって結論が分かれるというのが実際です。この点をしっかりと理解し留意しておかないと、従業員から思わぬ残業代請求を受け得るのみならず、請求を受けた際の対応を誤り窮地に陥りかねません。
定額残業代制の有効性が否定された場合の三重苦
制度設計と運用を誤ったことにより、定額残業代が割増賃金の支払いとして認められない場合、企業は次のような三重苦の状況に追い込まれます。
① 割増賃金をまったく支払っていないことになる
② 1時間あたりの単価が跳ね上がる
③ 未払い残業代全額を上限とする付加金の制裁を受ける
定額残業代の有効性が否定されるということは、今まで残業代として支払ってきたつもりの賃金が残業代ではないことになり、①割増賃金をまったく支払っていないことになってしまいます。そうなると、残業代の未払い分が相当な高額となるばかりか、経営者側としては気持ちの面でもこれを受け入れることには大きな心理的抵抗が生まれます。定額として支払ってきた残業代に加えて、別途残業代の支払いが丸ごと必要となれば、心情的には二重払いのように感じてしまうのも無理からぬことです。
また、定額残業代の有効性が否定される結果、その賃金額を含めて基礎時給が計算されますので、②1時間当たりの単価が跳ね上がります。③付加金の制裁は訴訟で判決に至った場合に直面する問題ですが、未払い残業代の倍額の付加金(制裁金)が課せられた場合の金銭的インパクトは計り知れません。
このように見ていくと、定額残業代制の有効性が否定された場合に企業が被る三重苦は想像するだけでも恐ろしいものがあります。定額残業代制を導入しようとしている企業、あるいは既に導入している企業においては、専門家の関与なしにそれを行うことがどれほどリスクのあることかということを真摯に受け止めていただきたいと心から思っています。
企業が陥りがちな危険な考え方
「残業代込で給料を支払っている」という企業側の理屈にはある程度共通したものがあります。そうした企業側の主張がよく表れているのが次の裁判例です。
【高知県観光事件(最判平成6年6月13日)】
事案
被 告 : タクシー業を営むY社
原 告 : Y社のタクシー乗務員Xら
勤務体制 : 隔日午前八時から翌日午前二時まで
(このうち二時間は休憩時間)
賃 金 : 月間水揚高に一定率の歩合を乗じて得た金額
歩合率は最高で46%,最低で42%
割増賃金 : 本件歩合給には時間外及び深夜の割増賃金分も含まれる
企業側の主張
・XらがY社に入社した際,Y社の労務担当者がXらに本件歩合給には各種の割増賃金が含まれている旨をXらに説明し,Xらはこれを承諾した
・Xら以外のタクシー乗務員も,すべて,歩合給に各種の割増賃金が含まれていることを承知している
・他のタクシー会社における各種の割増賃金を含んだ賃率と比較しても,本件歩合給の賃率は決して遜色のないものであり,逆に,本件歩合給と同一の基礎給を定めるタクシー会社は高知県内にほとんどない
・本件歩合給を各種の割増賃金が含まれない単なる基礎給として,これに割増賃金を加えて支払うとなると,即座に被告の経営に重大な支障が生ずる
・要するに,他のタクシー会社との賃率の比較からしても,被告の経営面からしても,本件歩合給に各種割増賃金が含まれることは明らか
・本件歩合給には各種の割増賃金が含まれているものの,基礎給を正確には確定することができず,ひいてこれに基づく割増賃金も正確には確定できない状態にあるが,推定される基礎給部分は,他の同規模のタクシー会社の基礎給と比較しても均衡を失するほど低額とはいえず,むしろ同等以上であるから,Xらには,本件歩合給によってすでに各種の割増賃金が支払われているというべき
判旨
「Xらに支給された前記の歩合給の額が,Xらが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして,この歩合給の支給によって,Xらに対して法三七条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり,Y社は,Xらに対し,本件請求期間におけるXらの時間外及び深夜の労働について,法三七条及び労働基準法施行規則一九条一項六号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務がある」
定額残業代制は法的観点からの検討を
法律に基づかない主張は裁判では受け入れられない
上記裁判における企業側の主張は経営者側としては共感できるものですが、判決において定額残業代制の有効性は明確に否定される結果となっています。「従業員は残業代込の給料であることに納得し同意していた」「残業時間を考慮しても高水準かつ十分な給与額となっている」「別途残業代が必要となれば経営が成り立たない」など、気持ちの上ではよく理解できる主張ですし、そうした事実に偽りはないでしょう。
しかしながら、賃金を含めた労働条件の最低基準は労働基準法によって定められ、同法の枠組みから外れた独自の賃金規定・支払方法をとることは許されていません。企業を取り巻く環境や、賃金水準、労働者の同意などは法規制を免れる言い分としては通用しないのです。
企業は法律を味方につけるべし
「裁判は不合理だ!」「労働基準法は企業にとって酷すぎる」という怒りの声が聞こえてきそうですが、決してそうではありません。企業側の言い分が通るように、「法律の枠組みの中で」制度設計を行うことで、「適法に」定額残業代制を用いることもできるのです。要は、法律が悪いのではなく、法律を無視ないし軽視して、感覚的な思い込みで賃金制度を導入・運用するからこそ、企業は法律に苦しめられてしまうのです。
割増賃金の支払い方法を含めた労働条件、雇用契約は、すべて労働基準法をはじめとした法律によって規律されています。法律を敵視するのではなく、法律を味方につけることで、企業も意図するとおりに定額残業代をはじめとした労働条件を適法に実現することができるのです。そのためには、労働法分野に強い弁護士などの法律専門家による助言・支援を受けることが不可欠であり、企業は何よりも優先して専門家の活用を考えるべきだと信じてやみません。
労務管理には専門家の支援を
ここでは、法に無頓着なまま制度を導入してしまう場合の定額残業代の恐さについて説明をさせていただきました。
労働規制は複雑なうえに、その理解と運用を誤れば数百万円、あるいは1000万円を超える未払い賃金・残業代請求として大きなリスクを企業にもたらします。労務管理については、労働問題に強い弁護士などの労務の専門家の支援を受けながら、制度設計と運用をされることを強くお勧めいたします。真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。
当事務所では、予防法務の視点から、企業様に顧問弁護士契約を推奨しております。顧問弁護士には、法務コストを軽減し、経営に専念できる環境を整えるなど、様々なメリットがあります。 詳しくは、【顧問弁護士のメリット】をご覧ください。
実際に顧問契約をご締結いただいている企業様の声はこちら【顧問先インタビュー】

岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。
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