降格処分はこう使う!

虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、問題社員への対応方法をご提案するとともに、団体交渉・労働組合対策、未払残業代問題、休職問題など各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことが可能です。問題社員対応や解雇無効の問題等でお困りの会社様は、是非一度当事務所にご相談ください。

企業の人事権

企業は、人事に関して広範な決定権限(人事権)を有しています。この人事権は、企業組織の柔軟性や効率性を確保することに資するだけでなく、能力不足や業務命令に違反する社員などの問題社員が現れた場合には、その対応をするための強力な武器となります。
  
ここでは、人事権の行使としての「降格」について見ていきます。

日本型雇用システムと人事権

企業が強力な人事権を持つことの背景には、長期雇用制度(終身雇用制度)、年功賃金制度を核とする日本型雇用システムの存在があります。この日本型雇用システムは、典型的には総合職という名の包括的な地位を設定する雇用契約である点に特徴があり、企業はその指示・命令によって自由に社員を利用できる包括的なメンバーとして労働者を雇用しています。その結果として、企業は、昇進・昇格・降格、人事査定、配転や出向・転籍などの広範な人事権を有することになります。

「降格」とは

「降格」には、大きくは次の3つの意義・態様があります。
  

①人事権の行使としての降格

これは、人事異動の措置として職位や役職を引き下げるものです。たとえば、成績不良を理由に営業課長を主任に降格させる場合や、営業所の所長職を解く場合などです。

②職能資格の降格

職能資格制度を採用している企業において、その職能資格制度における資格や等級を引き下げるものです。もっとも、一般的な職能資格制度が技能・経験等の積み重ねによる職務遂行能力の到達レベルを認定するものであることを前提とすると、いったん到達した職務遂行能力の認定を引き下げることは制度上矛盾が生じるため、この意味での降格を行うためには就業規則等にその制度の趣旨を含め明確な根拠規定を置いておく必要があります。

③懲戒処分としての降格

職位・役職や職能資格の引き下げは、人事権の行使としてのみならず、懲戒処分としても行うことが可能です。これを行うためには、就業規則に懲戒処分の種類の一つに降格がある旨を明記しておく必要があります。また、その行使には客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が求められます(労働契約法15条)。

人事権の行使としての降格

職位や役職の引き下げ

職位や役職を引き下げる人事権の行使としての降格は、まさに企業が持つ本来的な権限ですので、就業規則に根拠規定がない場合であっても、企業の裁量的判断によってこれを行うことが可能です。労働力をどのように配置するか、という人事異動の一環であり、企業が有する強力な権限といえるでしょう。
  
もっとも、「権利の濫用は、これを許さない」とする権利濫用法理(民法1条3項)には服します。能力不足や適格性の欠如など業務上の必要性のもとにこれを行使し、本来の目的を逸脱しないように注意しなければなりません。

賃金の低下

賃金制度によっては、職位や役職の降格にともない、基本給や役職手当などの賃金が低下する場合があります。賃金の処遇は労働条件として労働契約の内容となっているものですから、その引き下げを行うためには就業規則・賃金規定等にその賃金体系や基準が定められていることが必要です。特定の役職者に対して支給することが明記されている役職手当については、その役職を解職した場合には当該手当を支給しないこととすることができます。他方で、職位や役職と連動した賃金体系をとっていない場合には、職位や役職の降格に伴って賃金をも引き下げることは基本的には困難と考えられます。
  
なお、役職制度と職能資格制度は密接に結びついていることも多いですが、制度的には別のものです。職能資格制度をとっている場合には、たとえ職位を降格させたとしても、それは直ちに職能資格の降格、すなわち賃金の引き下げに結びつくものではありません。通常の職能資格制度を採用している企業において、職能上の資格・等級の降格を行おうとする場合には、制度の趣旨自体を変更し、その内容を就業規則等において明記しておく必要がある点は注意が必要です。
  
こうした賃金の処遇の点も踏まえて考えると、人事権の行使を十全のものとするためには、賃金制度を入念に検討したうえで、賃金規定をしっかりと作り込むことが望ましいといえるでしょう。人事権と賃金制度は別物であると理解しておくことが大切です。

【星電社事件‐神戸地判平成3年3月14日】
事案

物流担当部長の地位にあった従業員Xが、飲酒運転により免許停止処分を受けたことや業務上の不始末などを理由に「部長職を一般職に降格する」旨の処分を受けたことに対し、当該会社の処分は人事権の濫用であって無効であると主張し、部長の地位の確認等を求めた事案

判旨

・企業における昇格・降格は、その企業の使用者の人事権の裁量的行為であると一般的には解される
  
・Xには飲酒運転や業務上の不始末があり管理職にとどめておくことは不適当であったこと等から、Xに対する降格処分が人事権の濫用に当たると判断することはできない

【上州屋事件‐東京地判平成11年10月29日】
事案

店長としての不適格性を理由に、職務等級の変更(減給)を伴う形で行われた店長から流通センター勤務への降格異動をさせられた従業員Xが、当該会社の処分を人事権の濫用であり無効であると主張し、店長の地位及び従前の職務等級にあること確認を求めた事案

判旨

・一般に使用者には、労働者を企業組織の中で位置づけその役割を定める権限(人事権)があることが予定されているといえるが、被告Y社においても、就業規則において「業務上の都合により、従業員に対して就業する場所もしくは従事する職務の変更、転勤、出向等異動を命ずることがある。」と規定しており、人事権を行使することにより労働者を降格することができる。
  
・人事権の行使は、労働者の同意の有無とは直接かかわらず、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められない限り違法とはならないと解せられるが、使用者に委ねられた裁量判断を逸脱しているか否かを判断するにあたっては、使用者側における業務上・組織上の必要性の有無及びその程度、能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無及びその程度、労働者の受ける不利益の性質及びその程度等の諸事情を総合考慮すべきである
  
・従業員Xは、被告Y社に入社して直後に配属されたA店での勤務当時からすでに、上司、部下、同僚といった内部での人間関係や接客態度に問題があり、B店店長当時も同様であったということができるのであって、従業員Xのこうした態度は、店長として、不適格と判断されてもやむをえないものといわざるをえない
  
・降格異動に伴い従業員Xの給与は職能給と役職手当を併せて約9万円の減給となっており、不利益は小さくはないが、職務等級にして一段階の降格であることや従業員Xの店長としての勤務態度に照らせば、やむをえないものというほかない

【ファイザー事件‐東京高判平成28年11月16日】
事案

専門管理職から一般社員への降格(本件降格)及びこれらに伴う賃金減額を受けた従業員Xが、当該処分は無効であると主張して、減額分の賃金の支払等を求めた事案

判旨

・専門管理職の業務の遂行に必要な能力を有していない者を一般社員に降格することができない状態から降格することも可能にするという就業規則の変更には、合理性がある
  
・従業員Xは、その業務遂行において、作業に不備が多く、会議の状況を理解せず進行を妨げるような行為を行い、資料等は不十分なものしか作成することができず、関係上司の了解や責任者の確認を取らずに資料を他部門に送付することがあり、就業時間中に居眠りをしていることがあり、上司Aは、従業員Xに注意改善指導書を交付し、面談において注意するなどの指導を行ったが、改善は見られず、従業員Xは真摯な改善の姿勢を示すことがなかったなどの経緯を踏まえて行われた本件降格は有効である
  
・本件降格により年金額が減少しても、それは従業員Xが従前の職務を遂行する能力を有しないため担当職務がXの能力に見合った水準のものに変更され、賃金も能力に見合った新たな水準のものに減額されたことが反映された結果にすぎず、年金額の減少により本件降格が無効であるとはいえない

【デイエファイ西友事件‐東京地決平成9年1月24日】
事案

賃金を年俸約784万円と定めて雇用された労働者Xが、①上司の指示に従い所定の業務を十分に遂行していないこと、②事前事後の連絡なく遅刻が多いこと、③他の者との協調を欠き円満な業務の遂行を阻害していることなどを理由に降格され、同降格に伴って賃金も月額約24万円と大幅に減額されたことから、会社に対し賃金減額による差額賃金の仮払いを求めた仮処分申立事件

決定要旨

・一般に労働者の賃金額は、当初の労働契約及びその後の昇給の合意等の契約の拘束力によって、使用者・債務者とも相互に拘束されるのであるから、労働者の同意がある場合、懲戒処分として減給処分がなされる場合その他特段の事情がない限り、使用者において一方的に賃金額を減額することは許されない
  
・経営者としての裁量権のみでは、一方的な賃金減額の法的根拠とならない
  
・配転と賃金とは別個の問題であって、法的には相互に関連しておらず、労働者が使用者からの配転命令に従わなくてはならないということが直ちに賃金減額処分に服しなければならないということを意味するものではない。使用者は、より低額な賃金が相当であるような職種への配転を命じた場合であっても、特段の事情のない限り、賃金については従前のままとすべき契約上の義務を負っている

まとめ-企業がとるべき降格処分

これまで見てきたとおり、「降格」には、おもに①人事権の行使としての降格、②職能資格の降格、③懲戒処分としての降格があります。このうち、企業が能力・適格性の欠如する従業員や、業務命令に違背する従業員などの問題社員に対応する際に活用したいのが、①人事権の行使としての降格です。経営上の裁量判断に属し、広範な権限をもつ人事権の行使として行う降格は、懲戒処分と比べても比較的自由度が高い処分となります。
  
ここで注意をしたいのが、「降格」と「賃金の引き下げ」が必ずしも連動するわけではないということです。人事権の行使として職位や役職を降格させる場合に、これに伴って賃金を降給できるか否かは、各企業が定める就業規則・賃金規定等の内容次第で変わります。賃金体系を再確認し、必要に応じて賃金規定等を修正・整備することによって、企業が持つ人事権はより一層強力なものとなるでしょう。

労務管理には専門家の支援を

ここでは、人事権の行使としての降格について説明をさせていただきました。人事権の問題では、他に「人事考課」や「配転」・「出向」などもしばしば問題として取り上げられます。
  
労働規制は複雑なうえに、その理解と運用を誤れば労働者から訴訟を提起されるなど大きなリスクを企業にもたらします。労務管理については、労働問題に強い弁護士などの労務の専門家の支援を受けながら、制度設計と運用をされることを強くお勧めいたします。真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。


 

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