「残業代込みの給料」-定額残業代制の留意点
虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、法的な視点から就業規則の作成・変更・届け出に関するご提案をするとともに、解雇や未払残業代問題、休職問題など各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことも可能です。就業規則の作成・変更でお困りの会社様は、是非一度当事務所にご相談ください。
定額残業代制・固定残業代制
業務の都合上、どうしても残業が生じてしまうという企業は多いと思います。中には恒常的に残業が生じてしまう企業もいらっしゃるでしょう。恒常的に残業が生じがちな企業では、例えば基本給の中に残業代を込みにして給与を支払う方法や、「営業手当」などの手当の中に残業代を含めて支払う方法をとられるところもあります。
このように、残業代としてあらかじめ決められた定額の金額を支払う方法を「定額残業代制」あるいは「固定残業代制」などと言ったりしますが、こうした残業代の支払い方法をとる場合は非常に注意が必要です。近年、就業規則(賃金規定)の規定の仕方が適切でなかったがために、あるいは制度設計や支払い方法が不適切であったがために、有効な残業代の支払いとは認められない事例が多く発生しています。こうした制度を採用される場合は、専門家によるチェックを受けるなど、その内容を今一度確認する必要があります。
残業代の支払い義務
労働者を雇用する使用者は、いわゆる「残業代」と呼ばれる割増賃金を、次のような場合に支払う必要があります。
1週40時間、1日8時間の法定労働時間(労基法32条1項、2項)を超えて働かせた場合
⇒時間外労働に対する割増賃金(労基法37条1項)
1週1日ないし4週4日与えられるべき法定休日に労働させた場合
⇒法定休日労働に対する割増賃金(労基法37条1項)
午後10時から午前5時までの時間帯で働かせた場合
⇒深夜労働に対する割増賃金(労基法37条4項)
このように、「残業代」とはいっても、法律では労働日や労働時間によって3つの場合に区別されています。定額残業代制を採用する場合でも、この区別は重要となります。
定額残業代の支払い方
定額残業代としての支払い方には、大きく2つのパターンがあります。
① 基本給組込型
基本給の中に残業代を組込む方法です。
賃金規定や雇用契約書には「基本給には○○時間分の時間外手当を含む」などと規定されます。
② 手当型
基本給とは別の手当として固定残業代を設定するものです。
「営業手当」や「遠距離手当」など、企業によって様々な名称で規定されています。
企業の三重苦‐有効性を否定された場合のリスクは大
金銭的インパクト
上乗せされた基本給の中で、あるいは別建ての手当として残業代を支払ってきたつもりでも、定額残業代制の有効性が否定された場合には、支払ってきたものが「残業代」ではないということになります。それはつまり、企業にとっては次のような過酷な結果を意味します。
① 割増賃金をまったく支払っていないことになる
② 「定額残業代」が「通常の賃金」となるため、賃金水準が上がり、割増賃金の計算単価である基礎時給が跳ね上がる
③ 割増賃金の未払いが著しい結果となり、付加金(労基法114条)の支払いを命じられる
この中で特にインパクトが強いのは、①の「割増賃金を全く支払っていないことになる」ではないでしょうか。仮に基礎時給を2500円として、月に45時間分の残業見込みで定額残業代を支払っていた場合、残業代請求の時効は2年ですので、2500円×45×24か月=270万円となり、未払い残業代270万円を支払う必要が出てきます。②の「基礎時給が跳ね上がる」結果、未払い残業代はさらに膨らむ可能性もあります。運送業者などでは、この定額残業代部分を多く設定している企業も多いため、定額残業代制が否定された場合は未払い残業代が多額になりがちです。
経営者にとっての精神的苦痛
このとき、経営者の方にとっては、金額もさることながら、心情としてもこの結果を受入れることに大きな抵抗を感じられることが多いでしょう。賃金総額としては十分な給与を払ってきていると考えている中で、それに加えて別途残業代を支払うという結果は到底受け入れられないのです。残業代は既に定額として支払ってきているのに、二重に払うことはおかしいと感じることには無理からぬものがあります。
このような結果にならないためには、法あるいは裁判所が要求する「有効な」定額残業代制を真に導入するしか方法はありません。法は、「法の不知」を許してはくれないのです。
「有効な」定額残業代制とするための3要素
有効となるための3要素
定額残業代制(固定残業代制)が有効なものであるためには、その制度が次の3つの要素を満たしていることが必要です。
① 明確区分性
通常の賃金部分と割増賃金にあたる部分とが明確に区分されていること
② 賃金規定等による明示
定額残業代として支払われる賃金が、何時間分の割増賃金として設定されているかを賃金規定、労働契約書等によって明示していること
③ 差額精算の運用
設定された時間外労働分を超えて労働した場合には、その部分に対して別途割増賃金が支払われていること
どの割増賃金に対する支払いかについても区別すべき
割増賃金には3つの種類があると説明しました。時間外労働に対する割増賃金(労基法37条1項)、法定休日労働に対する割増賃金(労基法37条1項)、深夜労働に対する割増賃金(労基法37条4項)の3つです。
定額残業代として支払う賃金が、このうちどれを対象としたものであるかも明確にしておくべきです。時間外労働が深夜に及んだ場合は、時間外労働としての「25%増し」に加えて、深夜労働としての「25%増し」が加算されるため、「50%増し」の割増賃金を支払う必要があります。法定休日では35%の割増率となります(労基法37条)。このように労働の態様によって割増率が変動するため、それぞれを区分して設計しなければ、定額残業代が想定する残業時間等が不明確となってしまい、制度としての正当性が認められなくなります。
基本給と定額残業代とのバランス
恒常的に長時間残業が発生しやすい運送業などでは特に、定額残業代部分を多額に設定している企業があります。それがただ多額というだけであればいいのですが、基本給とのバランスを欠いていると問題となります。
例えば、「基本給18万円+定額残業代18万円」というような定めを見ることがあります。
これでは、はじめから所定労働時間と同程度の残業が見込まれていることになり、法定労働時間の規制(労基法32条、36条)を無意味なものにしかねません。あまりにもバランスを欠いた規定となると、割増賃金不払いのための脱法的な規定と認定され、やはり定額残業代制の有効性が否定されてしまう可能性は高いといえます。
【高知県観光事件‐最判平成6年6月13日】
事案
変形労働時間制により所定労働時間が午前8時から翌日午前2時まで(このうち2時間が休憩時間)と定められていたタクシー運転手Xらが、午前2時以降の時間外労働および午後10時~翌日午前5時までの深夜労働に対する労基法37条の割増賃金が支払われていないとして、雇用するY社に対して未払い残業代を請求した事案
会社側は、給与として支給していた歩合給(月間水揚高の42%から46%)の中には時間外及び深夜の割増賃金にあたる部分も含まれるから、請求にかかる割増賃金は支払い済みであると反論
判旨
労働者Xらに支給された歩合給の額が、Xらが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、Xらに対して法37条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり、Y社は、Xらに対し、本件請求期間におけるXらの時間外及び深夜の労働について、法37条及び労働基準法施行規則19条1項6号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務がある
労務管理には専門家の支援を
ここでは、企業の中で導入例が多い「定額残業代制」「固定残業代制」について説明をさせていただきました。就業規則や賃金規定の定め方はもちろん重要ですが、導入した制度は適切に運用し、あるいは運用してこそはじめて効力を発揮します。
労働規制は複雑なうえに、その理解と運用を誤れば経営を揺るがしかねない大きなリスクを企業にもたらします。労務管理については、労働問題に強い弁護士や法律事務所などの労務の専門家の支援を受けながら、制度設計と運用をされることを強くお勧めいたします。真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。
当事務所では、予防法務の視点から、企業様に顧問弁護士契約を推奨しております。顧問弁護士には、法務コストを軽減し、経営に専念できる環境を整えるなど、様々なメリットがあります。 詳しくは、【顧問弁護士のメリット】をご覧ください。
実際に顧問契約をご締結いただいている企業様の声はこちら【顧問先インタビュー】
岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。
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