経営者必見!定額残業代制に関する重要判決と時代の変化への対応

虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、残業代請求への対応方法をご提案するとともに、団体交渉・労働組合対策、ハラスメント問題、休職問題など各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことが可能です。未払い残業代請求の問題等でお困りの会社様は、是非一度当事務所にご相談ください。

鬼門の定額残業代

未払残業代請求において、使用者側の反論として頻繁に行われるものが定額残業代(固定残業代)の主張です。
  
この残業代として毎月定額のものを支払っているという定額残業代の主張は、しかしながら裁判ではしばしば否定されているという現実があります。ここでは、定額残業代制を検討するうえで重要な裁判例を深堀してご紹介し、時代の変化に合わせた定額残業代制の導入と運用の重要性をご説明させていただきます。
  
定額残業代としての賃金支払いが法律上有効な割増賃金としての弁済にあたるかということは、制度設計と運用方法によって結論が分かれます。経営者の皆様においてはこの事実を理解いただき、従業員から思わぬ残業代請求を受けないように、あるいは請求を受けた際の対応を誤らないように留意いただければと思います。

定額残業代制の方向性を固めたテックジャパン事件

定額残業代制においては、個別具体的な事実関係を反映し、ゆるやかな法解釈によって企業側に有利な判断を示してきた裁判例も確かにありました。しかしながら、平成24年に出された最高裁判決によって定額残業代制の有効性は厳格に判断することが方向づけられています。そのため、かつては有効だと判断された事案や制度内容でも、現在は無効だと判断される可能性が高いといえます。この法解釈や裁判所の態度に関する時代の流れや変化を理解しなければ、企業は労働裁判で勝つことはできません。

【テックジャパン事件‐最判平成24年3月8日(労判1060号5頁)】
事案

被  告 : 人材派遣を業とするY社
原  告 : 派遣労働者として就労していたX
賃  金 : 基本給月額41万円
割増賃金 : 1か月間の労働時間の合計が180時間を超えた場合にはその超えた時間につき1時間当たり2560円を支払う。月間総労働時間が140時間に満たない場合にはその満たない時間につき1時間当たり2920円を控除する

争点

・月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する割増賃金が基本給の中に含まれているか
  
・月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する割増賃金について,Xに賃金放棄の意思表示があったか

第1審(横浜地判平成20年4月24日)

月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する賃金については,基本賃金相当部分,すなわち時間外手当として支払われるべき通常の労働時間の賃金の125%のうちの100%部分は,41万円の基本給の範囲に含まれると認めるのが相当であるが,割増部分,すなわち時間外手当として支払われるべき通常の労働時間の賃金の125%から上記100%部分を控除した25%部分については,41万円の基本給の範囲には含まれず時間外手当の支払義務が生ずるとして,25%部分に相当する請求のみを認容

原審(東京高判平成21年3月25日)

Xは1か月の賃金額が正社員より7万円も多いことから,標準的な月間勤務時間が160時間であることを念頭に置きつつ,正社員よりも格段に有利な賃金額を代償措置として,月間160時間から180時間の間の労働時間に関する割増賃金請求権をその自由意思によって放棄したものといえると判断し,これらの時間外労働に対する時間外手当の支払請求を全て棄却

判旨(最高裁)

・月額41万円の全体が基本給とされており,その一部が他の部分と区別されて労働基準法37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない
  
・割増賃金の対象となる1か月の時間外労働の時間は,1週間に40時間を超え又は1日に8時間を超えて労働した時間の合計であり,月間総労働時間が180時間以下となる場合を含め,月によって勤務すべき日数が異なること等により相当大きく変動し得るもの
  
・そうすると,月額41万円の基本給について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべき
  
 →時間外労働をした場合に,月額41万円の基本給の支払を受けたとしても,その支払によって,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について労働基準法37条1項の規定する割増賃金が支払われたとすることはできない
  
 →月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても,基本給とは別に,労働基準法37条1項の規定する割増賃金を支払う義務を負う

最高裁裁判官の補足意見

・使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない
  
・便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが,その場合は,その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならない
  
・さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべき

もはや例外は認められない定額残業代制の有効要件

テックジャパン事件判決は、会社側の定額残業代の主張を退けた理由にとして「通常の労働時間の賃金に当たる部分」と定額残業代である「時間外の割増賃金に当たる部分」とが判別できないことを挙げています。この定額残業代が有効となるための要件として基本給等の通常の労働時間の賃金にあたる部分と定額残業代部分との明確区別が要求されることは、実は昭和の時代から変わっていません。何が変わったかというと、その明確区分の判断を「厳格に」行うという事実認定・法解釈の方向性です。
  
これまで、明確区分が厳密には疑わしい賃金規定や運用であっても、「働き方が裁量労働的で給料が一般社員よりも高額だから」、あるいは「賃金規定に明記はされていないが全体を見れば定額残業代として理解できるから」といった事案に即した柔軟な解釈によって、定額残業代制の有効性が認められるケースがありました(テックジャパン事件の第1審判決と控訴審判決も定額残業代については企業側が勝っていました。)。
  
しかしながら、「使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるもの」であることなどから、明確区分性の要件は文字どおり「明確」に「区分」された規定と運用があってはじめて満たされることを示したものがテックジャパン事件の最高裁判決です。

労務管理には専門家の支援を

ここでは、定額残業代制の有効性に関する近時の傾向を説明させていただきました。
  
企業の労働関係法令の遵守への風当たりは強まる一方であり、裁判所の判断にもそうした社会背景が影響します。定額残業代に関する裁判例においても同様であり、その有効性がかつてに比べ厳格に判断されることは避けられない現実です。労務管理にも、変化への対応が必要です。
  
労働規制は複雑なうえに、その理解と運用を誤れば数百万円、あるいは1000万円を超える未払い賃金・残業代請求として大きなリスクを企業にもたらします。労務管理については、労働問題に強い弁護士などの労務の専門家の支援を受けながら、法改正や判例動向に対応した制度設計と運用をされることを強くお勧めいたします。真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。


 

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