【コラム】運送業者必見!残業代リスクを大幅に軽減する賃金制度設計
虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、残業代請求への対応方法をご提案するとともに、団体交渉・労働組合対策、ハラスメント問題、休職問題など各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことが可能です。未払い残業代請求の問題等でお困りの会社様は、是非一度当事務所にご相談ください。
本記事で書かれている内容
運送業者の賃金制度を考えるにあたって
一般的に運送業の労務比率は営業収益(運賃収入)の40%程度といわれています。長距離輸送では労務比率は低下しますが、燃料費や道路使用料などの営業費用がかさむため、人件費の支払原資には限界があります。そうした中、経営者にとって想定外の未払残業代が発生するとすれば、労務比率の大幅な上昇を意味し、営業利益を大きく圧迫することになる脅威となります。
このため、賃金制度を設計するにあたっては、所定内賃金のみならず、所定外の割増賃金を含めた賃金総額をもって考慮すべきことは必須といえます。また、運送業では、資格手当や無事故手当、愛車手当など様々な手当を付ける例が多いですが、こうした諸手当についても、配分できる労務比率に限りがある中で、その必要性を吟味し、本当に意味のある手当だけに絞るということも考えていく必要があります。限りある支払原資のなかで、従事するドライバーが納得し、かつ潜在債務である未払残業代が発生しない賃金制度を設計することが肝要です。
運送業者の賃金体系
賃金制度としては、大きくは①固定給型、②固定給+歩合給型、③完全歩合給型があります。長距離輸送の事業者では、一定の固定給と方面別の長距離運行歩合(手当)を支給する方法が多くみられます。
ただし、この長距離運行歩合についての支払方法は様々あり、支払方法によっては労基法に適合しないものとして否定されるケースが散見されるため、歩合給の設計には注意が必要です。また、法所定の割増賃金に代えて、一定額の固定賃金を残業代として支払う固定残業代制(例えば、残業時間の長短にかかわらず月10万円の固定額を残業代として支払うなど。)を採用している会社が多々みられますが、固定残業代制の有効要件は厳しく、制度の有効性が否定されるケースが頻発しています。もし、このような賃金制度を採用されている場合は、早急に弁護士に相談のうえその適法性を審査してもらうことを強くお勧めします。
残業代を抑える歩合給活用のススメ
歩合給の効用
ここでは、様々に考えられる賃金制度のうち、残業代が少なく済み労務比率の上昇を抑えられる歩合給の活用についてご提案したいと思います。
成果に応じて賃金が増減する歩合給には、労働者(トラックドライバー)のやる気を引き出し、無駄を省くという生産性向上につながる利点があります。また、貢献に応じて公平な配分がされるため、労働者にとって頑張っただけ報われるという納得感があります。そして、何より使用者側にとっての最大の効用は、割増賃金の金額が圧倒的に少なく済む、というものです。
歩合給をうまく活用することで、労務費を抑止し、未払残業代リスクを大幅に減らすことが可能となります。
歩合給における残業代の計算方法
その理由は次のとおり残業代の計算方法の違いにあります。
- 月給制の場合の時間外割増賃金の計算
月給制の場合の時間外割増は次のように計算されます。
▸時間単価×1.25×実時間外労働
▸時間単価=月額賃金÷月平均所定労働時間数
(なお、残業代計算の基本形については、【残業代の計算方法 - 「時間単価」はどう算定する?】も併せてご参考ください。)
≪具体例≫
【基本給30万円、所定労働時間170時間、時間外労働80時間】のケースでは、時間外割増賃金は次のようになります。
▸時間単価:30万円÷170時間=1765円
▸残業代 :1765×1.25×80=17万6500円
- 歩合給の場合の時間外割増賃金の計算
歩合給の場合の時間外割増賃金は次のように計算されます。
▸ 時間単価×0.25×実時間外労働
▸ 時間単価=歩合給賃金÷総労働時間数
≪具体例≫
【歩合給30万円、所定労働時間170時間、時間外労働80時間】のケースでは、時間外割増賃金は次のようになります。
▸時間単価:30万円÷250時間=1200円
▸残業代 :1200×0.25×80=2万4000円
残業代を大幅に減らす歩合給
このように、同じ所定労働時間、同じ時間外労働時間、同じ基本賃金であっても、その基本賃金が固定給であるのか歩合給であるのかによって、残業時間に対する割増賃金の金額には大きな差異が生じることになります。所定内賃金が歩合給の場合、固定給に比して実に15万円もの残業代の削減効果があることが分かります。
なぜこのような計算方法が可能となるかというと、「基本賃金は支払済み」という次の考え方があるからです。
「出来高払制その他の請負制によって賃金が定められている場合については、時間を延長して働いたことによって成果が上がっているという側面があるため、時間外、休日又は深夜の労働に対する時間当たり賃金、すなわち1.0に相当する部分は既に基礎となった賃金総額の中に含められているから、加給すべき賃金額は計算額の2割5分(休日については3割5分)以上をもって足りる。」 【昭23・11・25基収3052号、昭63・3・14基発150号、平6・3・31基発181号、平11・3・31基発168号】 |
歩合給を取り入れることによるメリットをまとめると次のとおりです。そして、そのメリットを最大化できる歩合給制度は、固定給を定めない完全歩合制ということになります。
- 割増賃金は0.25(25%)を計上するだけで足りる
- 労働時間が増えれば増えるほど時間単価が引き下がる
- 生み出される成果と労務費がよりダイレクトに結びつく
固定給制と歩合給制における比較
A)固定給制、B)固定給+歩合給制、C)完全歩合給制の場合を比較すると次のとおりです。この表からも、残業代の抑制効果が大きく、総支払額を低くすることができるのが完全歩合給制であることが分かります。
≪固定給制と歩合給制における比較≫
歩合給制を巡る誤解
歩合給を巡っては、次のような懸念や疑念が示されることがありますが、いずれも誤解であり、この点を心配する必要はありません。
完全歩合給制は違法では?
100%歩合給だと賃金がまったく支払われないケースを懸念するのか、イメージで違法を疑う方もいらっしゃいますが、完全歩合給制を違法とする法令はありません。むしろ労働基準法は、歩合給制における保障給を次のとおり規定しており、完全歩合給制を肯定していることは明らかといえます。
≪労働基準法第27条(出来高払制の保障給)≫
「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない。」
基本給で最低賃金分の支払が必要では?
このように誤解されている運送業者の方は比較的多く、そのために最低賃金分のみ固定給としている企業もありますが、その必要はありません。歩合給も立派な賃金であり、歩合給で最低賃金分を上回っている限り、固定給として別建てで支払う理由はありません。
ドライバーから給与の不安定さを心配されるのでは?
労基法第27条の保障給として、一定額の賃金保障をすることが求められており、これにより給与の下限は画されることになりますので、給与の不安定さを過度に懸念する必要は本来ありません。もっとも、労基法が求める保障給は必ず定めるべきものですが、これを賃金体系上規定していない企業が散見されます。法に従い適切な制度を設計することで、給与の不安定さは払拭され、ドライバーにとって公平かつ意欲を高める歩合給制とすることが可能です。
残業代請求リスクをなくす適切な歩合給の設計を
ここでは、労務費を抑制し、高まる運送業者に対する未払残業代請求リスクを軽減する方法として最適な歩合給制活用に向けた提言をさせていただきました。もちろん、ここで取り上げた歩合給の効用は運送業者に限定されるものではなく、他の業種における賃金制度としても有効となります。
歩合給制といっても、その制度は幾分とおりも考えられ、それぞれの企業にとって自社の実状に合わせた賃金制度を構築することが大切です。稼働する時間帯や距離、方面、荷役作業の有無、荷主の業種や取扱い対象など、どれをとっても同じ業務内容の企業はないと思います。そして、ここで何より肝要なのは、その賃金制度が「法に適合」することです。独自の賃金制度を設計することは良いのですが、法を無視して策定してしまえばそれは労基法が認める「出来高払(歩合給)」とは認められず、結果として意図しない未払残業代を生むことになってしまいます。
労働規制は複雑なうえに、その理解と運用を誤れば数百万円、あるいは1000万円を超える未払い賃金・残業代請求として大きなリスクを企業にもたらします。賃金制度設計を含む労務管理については、労働問題に強い弁護士などの労務の専門家の支援を受けながら、法改正や判例動向に対応した制度設計と運用をされることを強くお勧めいたします。真面目に経営をされている経営者の皆様が、法を「知らなかった」、あるいは「軽んじていた」がために、苦しい思いをされることが少しでもなくなるようにと願っています。
岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。
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