雇い入れ時の健康診断は省略可能か?-定期健康診断での代用・入社後/退職予定者への対応策について!-
虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、問題社員への対応方法をご提案するとともに、団体交渉・労働組合対策、未払残業代問題、休職問題など各テーマ別ノウハウに基づいたご支援をさせていただくことが可能です。問題社員対応や解雇無効の問題等でお困りの会社様は、是非一度当事務所にご相談ください。
本記事で書かれている内容
雇入れ時の健康診断実施義務とは?省略できる?
企業は、常時使用するすべての労働者(※)に対して、雇入れ時に医師による健康診断を実施する義務が課せられています(労働安全衛生法66条、同規則43条)。この「雇入れ時」とは入社の直前・直後を指しますので、通常は入社後1か月以内に健康診断を実施することが必要です。また、この健康診断は、労働者の健康を保持増進する観点から使用者に課せられた義務ですので、その費用は使用者が負担すべきというのが法令の趣旨となります。
こうして企業は雇入れ時に会社負担にて新規雇用者に対する健康診断を実施することになるのですが、せっかく採用したにもかかわらず残念ながら入社後わずか数か月程度で退職してしまう労働者も珍しくありません。健康診断費用はそれほど多額でないとはいえ、積もり積もれば相応の負担となります。何より健診だけ受けてすぐに退職されるというのでは、金額の多寡にかかわらず費用負担者である企業としては決して心地よいものではありません。
早期離職者の防止という採用活動自体の改善も当然ながら必要ではありますが、ここでは雇入れ時の健康診断に焦点を当てて、企業負担の軽減策を検討したいと思います。
※ 「常時使用する労働者」には、正社員のみならず、次の①及び②の要件を満たした契約社員、パート、アルバイトなどのいわゆる非正規雇用者も含まれます(平成19年10月1日基発第1001016号通達)。
① 期間の定めのない労働契約又は期間の定めのある労働契約であっても当該契約の期間が1年以上であるか、1年以上使用されることが予定されている者もしくは契約更新により1年以上引き続き使用されている者
② 1週間の労働時間数が当該事業場において、同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の4分の3以上であること
採用選考時の提出書類
応募時にどんな書類を提出してもらうか
採用選考にあたっては、応募者の人物や能力等を知るために、学校の成績証明書や履歴書などの資料、また面接での質問等の方法を用いることにより様々な事項についての申告を求め、対象者についての情報収集と検討を行うことになります。
このとき、心身の健康状態は使用者にとっても採用又は採用後の配属等を行うにあたっての重要な判断資料となり得ます。このため、応募書類の一つとして健康診断書の提出を求めることは有益といえるでしょう。
健康診断書の提出と企業の採用の自由
健康診断書の提出を求め、その内容を採用可否の判断材料とすることは不適切だという意見もあるようですが、決してそのようなことはありません。どのような労働者を採用し、どのような職務に従事させるかは企業経営の根幹にかかわる事項であり、その決定は企業経営のリスクを負う使用者に委ねられるべきものです。したがって、企業には、どのような労働者をどのような基準で採用するか決定する自由(採用の自由)があり、心身の健康状態もまさにこのような採用の自由の枠内において採否の重要な判断材料となり得ます。
会社の採用の自由と調査の自由についてはこちらから
採用の自由に対する制約と健康診断書の提出
使用者には採用の自由が認められるとはいえ、法律によって明確に禁止されている採用差別を行うことは許されません。禁止される採用差別には次のようなものがあります。
• 組合員であることを理由とする採用差別の禁止(労組法7条)
• 性別を理由とする募集・採用差別の禁止(男女雇用機会均等法5条)
• 募集・採用における年齢制限の禁止(労働施策総合推進法9条)
• 障害を理由とした募集・採用差別の禁止(障害者雇用促進法34条)
障害を理由とした募集・採用差別は禁止されていますが、応募者から申出があった場合には、企業は障害の特性に配慮した採用選考過程における措置(試験問題の点訳・音訳等)を講ずべきことが求められています(障害者雇用促進法36条の2)。こうした合理的配慮を講ずべき義務が課せられていることからも分かるとおり、応募者の心身の状態は採用選考時においても重要な情報であり、そうであれば採用後の労働条件、就業環境整備の観点からはなお一層重要な事項といえる以上、健康診断書の提出を求めることは企業として合理的な採用選考方法といえます。
雇入れ時の健康診断への代替-転職・中途入社の場合などの注意点-
労安衛規則による免除規定
このように採用選考時に健康診断書の提出を求めることは有益といえますが、せっかく健康診断書の提出を受ける以上、これを雇入れ時の健康診断に代替することができれば、企業としては負担軽減につながりなお良いということになります。
そして、法は、入社時に健康診断を既に受けている者がいることを想定し、そうした者に対する雇入れ時の健康診断の実施を免除することを許容しています。
【労働安全衛生規則第43条】
「・・・・・医師による健康診断を行わなければならない。ただし、医師による健康診断を受けた後、3月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については、この限りでない。」
健康診断は入社前3か月のものに限定
ここでまず注意しなければいけないのは、あくまで雇入れ時から3か月以内の健康診断に限定されている点です。雇入れ時の健康診断は、適正配置、入職後の健康管理に役立てるものであるという趣旨からすれば、半年、1年も前の健康診断の結果では意味がないということは理解しやすいかと思います。
法定の受診項目に限定
もう一つ重要な点は、あくまで雇入れ時に課せられている健診項目について受診されている事項に限定される点です。したがって、採用選考時に提出を求める健康診断書の内容が法律で求められている受診項目と一致するよう、診断項目を明示しておくことが大切となります。
雇い入れ時健康診断の項目が足りない?-法定の受診項目について-
1. 既往歴及び業務歴の調査
2. 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
3. 身長、体重、腹囲、視力及び聴力の検査
4. 胸部エックス線検査
5. 血圧の測定
6. 貧血検査 (赤血球数、血色素量)
7. 肝機能検査(GOT、GPT、γ-GTP)
8. 血中脂質検査(LDL コレステロール、HDL コレステロール、血清トリグリセライド)
9. 血糖検査
10. 尿検査(尿中の糖及び蛋白の有無の検査)
11. 心電図検査(安静時心電図検査)
診断項目は、身長、体重、胸部X線検査等に加えて、肝機能・血中脂質・心電図検査等のいわゆる生活習慣病への健診項目が追加され、充実化されています。健康診断書の提出を求める際には、これらの健診が漏れなく行われた結果が記載されたものとなるように指示しておくことが大切です。
こうした法定の健診項目を満たした健康診断書が提出されていれば、当該応募者を採用した場合に、その者についての雇入れ時の健康診断を当該健康診断書により代用することができるようになります。
入社1年ごとの定期健康診断もお忘れなく
このように雇入れ時の健康診断については採用選考時の健康診断書によって代用可能な場合もありますが、企業には毎年1回の定期健康診断の実施義務も課せられています(労安衛規則44条)。加えて、企業は1年以内毎に1回の定期ストレスチェックの実施義務も負っています(労安法66条の10)。
いわゆる過労死等に絡み、こうした使用者に課せられた健診義務違反等に対しては労働者側ないし行政からも厳しい態度で臨まれる傾向が強まっていますので、企業は適時適切に労働者の健康管理を行っていくことが求められます。
労務管理対策には専門家の支援を
長時間労働による過労死問題やパワーハラスメントによるメンタルヘルス不全等が社会における重大な関心を集めるようになり、これに伴って企業に対する労働者の健康確保の責務が一層強く叫ばれるようになりました。
こうした背景から、労安衛法や労働基準法をはじめとした労働関連法規は、「働き方改革」の名のもと使用者への規制をますます強めています。
各企業においては、コンプライアンス確保を充実させるとともに、問題が発生した際には迅速・的確に労働関係法規に精通した弁護士等の専門家から助言・指導を受けられる体制を普段から構築しておくことが望ましいといえます。
当事務所では、企業経営の視点から使用者・経営者の皆様に向けた労務戦略、労務管理、労働問題対応等の助言・支援を行っています。経営労務については、是非当事務所の専門的知見をお役立てください。
当事務所では、予防法務の視点から、企業様に顧問弁護士契約を推奨しております。顧問弁護士には、法務コストを軽減し、経営に専念できる環境を整えるなど、様々なメリットがあります。 詳しくは、【顧問弁護士のメリット】をご覧ください。
実際に顧問契約をご締結いただいている企業様の声はこちら【顧問先インタビュー】
岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。
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