退職時の誓約書を拒否された際の対応方法について弁護士が解説
本記事で書かれている内容
1.競業避止義務の近時
近年の雇用市場における変化に伴い、退職後の競業避止義務の重要性が増しています。2023年3月24日の日経新聞朝刊によれば、企業秘密を侵害する事件が増加しており、その背景には雇用の流動化と転職が一般的になったことが指摘されています。このような事例が示す通り、企業にとって退職後の従業員が競業行為を行うことは、営業秘密や企業競争力に対する重大な脅威となり得ます。この記事では、退職後の競業避止義務について、関連する法的枠組みや実務上の対応策を詳しく解説します。
2.在職中の競業避止義務
在職中、従業員は労働契約に基づき企業に忠実である義務を負っています。労働契約法第3条第4項では、労働者と使用者は労働契約に従い、信義誠実の原則に基づいて義務を果たす必要があると定められています。これにより、在職中の競業行為は禁止され、特に副業や兼業が自社の利益を害する場合には、競業避止義務が強く適用されることになります。副業や兼業が社会的に奨励される一方で、自社に不利益をもたらす行為は制限できるため、企業はこの点を十分に考慮した規定を設けることが重要です。
3.退職後の競業避止義務
退職後の競業避止義務は、雇用契約が終了するため自動的に課せられるものではありません。退職に伴い、従業員は基本的には競業を自由に行う権利を持つことになります。しかし、雇用契約や誓約書、合意書に基づく特約がある場合には、退職後も競業避止義務を課すことが可能です。企業は従業員に対して競業避止義務を課す際、その義務の範囲を必要最小限に限定し、代償措置を提供することが求められます。これは、退職後も労働者の職業選択の自由(憲法第22条第1項)を侵害しないようにするためです。
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【コラム】退職後の競業避止義務違反を防ぐ! -競業避止契約と違約金の定め-
4.競業避止義務と職業選択の自由
労働者の職業選択の自由は憲法で保障された基本的な権利であり、競業禁止の特約はその自由を制限するものです。特に、労働者が経済的に弱い立場にある場合、競業禁止はその生計を脅かす可能性があるため、慎重に扱われるべきです。判例でも、競業禁止の特約が合理的な理由に基づかない場合、公序良俗に反し無効とされるケースが多くあります。また、競業避止義務を課す場合には、企業側の利益に照らしてその義務が必要最小限であること、そして適切な代償措置が取られていることが条件とされます。
5.競業避止義務の違反とその影響
競業避止義務に違反した場合、企業は法的措置を取ることができます。例えば、退職後に競合企業に転職し、企業の営業秘密を持ち出した場合には、不正競争防止法に基づく損害賠償請求や差し止め請求が可能です。また、秘密保持契約(NDA)や競業避止義務に違反した場合の制裁として、退職金の不支給や返還請求が行われることもあります。
6.競業避止義務の有効性と誓約書作成のポイント
6-1. 競業避止義務の意義と重要性
競業避止義務は、従業員が退職後に同業他社へ転職することや、企業秘密を持ち出して競合する行為を防ぐために、企業が従業員に課す義務です。この義務を適切に規定することは、企業にとって非常に重要です。なぜなら、無効な競業避止義務では、従業員の行動を制限できず、企業の利益を守ることができないからです。市販されている誓約書の雛形は、一般的で汎用性が高い反面、競業避止義務を含む誓約書として十分な内容ではないことが多いです。漠然とした内容や過度な制約は、従業員の「職業選択の自由」を侵害し、法的に無効となるリスクがあります。したがって、企業は従業員の属性や業務内容に応じたカスタマイズが不可欠です。
6-2. 誓約書作成における5つの重要要素
競業避止義務を有効に機能させるためには、誓約書を作成する際に以下の5つの要素を押さえておく必要があります。
- 制限する期間
- 制限の場所的範囲
- 制限の対象業務
- 対象社員の地位
- 代償措置
これらの要素をしっかりと検討し、バランスの取れた内容にすることで、競業避止義務は法的にも有効となります。各要素について具体的に説明します。
6-3. 期間の制限
競業避止義務の期間は必ず定める必要があります。無期限での競業避止義務は、基本的に不当とみなされ、無効になる可能性が高いです。期間が長すぎる場合、従業員にとっての不利益が大きくなるため、合理性が低下します。一般的には1~3年の期間が妥当とされており、5年を超えることは避けるべきです。例えば、東京高裁平成12年7月12日の判決では、6ヶ月間に限られた競業禁止期間が合理的と認められました。この判決では、競業禁止の対象が「在職中に訪問した得意先」に限られていたため、広範な競業禁止ではなく、企業の正当な利益を守る範囲内であったことが評価されています。
6-4. 場所的範囲の制限
競業避止義務を課す場所的範囲も重要です。全国一律に競業を禁止することは、従業員に対して過度な負担となり、無効になる可能性があります。競業によって企業が不利益を被る可能性の高い地域に限定することが望ましいです。例えば、大阪地裁平成27年3月12日の判決では、退職後2年間、元従業員が指導していた教室から半径2キロメートル以内での塾の開設が禁止されました。この地域的制限は合理的と判断され、有効とされました。一方で、東京地裁令和元年9月17日の判決では、1都3県に及ぶ広範な地理的範囲での競業禁止が無効とされています。このように、場所的範囲は慎重に設定する必要があります。
6-5. 業務内容の制限
競業避止義務は、業務や職種を具体的に指定することが求められます。「同種・同業」といった漠然とした表現では、範囲が広すぎて無効とされる可能性があります。具体的には、禁止される活動内容や職種を明確に定めることが重要です。大阪地裁平成27年3月12日の判決では、元従業員が自塾を開設することのみが禁じられ、競合他社での勤務は許可されていたため、この競業避止義務は有効とされました。一方で、東京地裁令和元年9月17日の判決では、従業員の職務内容に関係なく、一律で競業他社への転職を禁止する規定が無効とされています。このように、業務内容の制限は慎重に設定する必要があります。
6-6. 対象社員の地位
競業避止義務を課す際、対象社員の地位や役職に応じて制限のレベルを調整することが重要です。平社員と役職者では、企業秘密へのアクセス権限や競業によるリスクが異なるため、同じ基準で制限を課すことは不合理とされる可能性があります。 例えば、東京地裁平成26年1月9日の判決では、パートタイム労働者にのみ競業避止義務を課し、管理職には課していなかったため、この義務は無効とされました。従業員の地位に応じて適切な制限を設定することが重要です。
6-7. 代償措置
競業避止義務を課す場合、従業員に与える不利益に見合った対価を提供することが求められます。代償措置がなければ、競業避止義務は無効となる可能性が高いです。代償措置としては、退職金や特別な金銭給付が一般的です。例えば、東京地裁平成24年1月17日の判決では、退職金として300万円が支払われていたことが競業避止義務の有効性を裏付ける要素となりました。一方で、同年の別の判決では、代償措置が不十分であったために競業避止義務が無効とされました。
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【コラム】同業他社への転職を防ぐ誓約書作成の勘所 - 抑止力ある競業避止義務を課すために
7.退退職後の競業避止義務違反を防ぐための3つの抑止力
7-1. ポジション連動型誓約書の取得
(1) 地位に応じた競業避止義務の明確化
企業が競業避止義務を徹底するためにまず行うべきことは、ポジション連動型誓約書を活用することです。この誓約書は、従業員の役職や地位に応じた競業避止義務を明確化するためのものです。管理職や経営層には、競業避止義務を厳しく設定し、誓約書には違反時の制裁を明記することが重要です。
(2) 昇進・異動時の誓約書取得と規範意識の向上
また、従業員が昇進や異動をするたびに、再度誓約書を取得することで、競業避止義務の認識を強化できます。これにより、規範意識の向上と企業との信頼関係の強化が図られます。
7-2. 退職金不支給・返還条項の導入
(1) 功労報奨的性格と競業避止義務違反の関係
退職金の不支給・返還条項は、競業避止義務違反に対する有効な抑止力です。退職金は功労に対する報奨であるため、義務違反が生じた場合、不支給や返還請求が可能です。
7-3. 違約金条項の設定
(1) 損害額の立証を不要とする違約金の活用
違約金条項は、競業避止義務違反時の制裁を事前に設定するため、抑止力として有効です。合理的な範囲で設定することで、法的にも有効とされますが、高額すぎる場合には無効とされるリスクがあります。

岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。
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