建設業の未払残業代問題 - 人手不足時代における建設業経営と労務リスク -
文責:弁護士 古山 雅則
本記事で書かれている内容
建設業において未払残業代問題はなぜ起きやすいのか
建設業では、以前から
- 朝が早い
- 現場が遠い
- 終業後も事務作業がある
- 天候や工期の影響で労働時間が不規則になりやすい
といった事情があり、長時間労働が生じやすい業種の一つといえます。
そして、この長時間労働の問題は、単に「働き方改革」の問題にとどまらず、未払残業代請求という、企業経営に直接的な打撃を与える法的リスクとして顕在化します。
とりわけ建設業では、
- 労働時間の考え方が曖昧
- 労働時間の管理が出退勤管理となっている
- 現場への移動時間の扱いが不明確
- 現場監督や職長を管理職扱いしている
- 固定残業代制度が適切に設計されていない
といった企業も多く、未払残業代問題が生じやすい傾向があります。
1.未払残業代とは何か
未払残業代とは、法律上支払うべき割増賃金が、適切に支払われていない状態をいいます。
労働基準法では、法定労働時間(労基法32条)である
- 1日8時間
- 1週40時間
を超えて労働させた場合(時間外労働)、または、週1日の法定休日(労基法35条)に労働させた場合(休日労働)、そして午後10時から午前5時までの間の深夜に労働させた場合(深夜労働)、会社は通常の賃金に加えて、所定の割増率による割増賃金を支払う必要があります(労基法37条)。
割増賃金の基本
- 時間外労働:25%以上
- 深夜労働:25%以上
- 休日労働:35%以上
時間外労働が月60時間を超える部分については、50%以上の割増率が適用されます。
この1か月60時間を超える時間外労働に対する50%以上の特別割増率は、仕事と生活の調和を図る政策の一環として、長時間労働を抑制するために2008年の労基法改正によって設けられたものです。中小企業に対しては、法改正後も当面のあいだ適用が猶予されていましたが、働き方改革関連法のもと、2023年4月1日より全面適用されています。
建設業でも当然、このルールは適用されます。
2.建設業で未払残業代問題が起きやすい典型場面
建設業において未払残業代が問題となる場面として、おもに次のようなものがあります。
① 現場への移動時間の扱いが曖昧
会社に集合して社用車で現場へ移動する場合や、資材の積込み・荷卸しを伴う場合には、実態によってはその移動時間等が労働時間に該当する可能性があります。
業務性、指揮監督性、義務性等の観点から検討をする必要があります。
② 朝礼・準備・後片付けを労働時間に含めていない
現場作業そのものだけでなく、
- 朝礼
- 資材準備
- 工具点検
- 清掃
- 作業終了後の片付け
なども、使用者の指揮命令下にあれば労働時間に該当し得ます。
業務従事のための準備行為に過ぎないといえるか否かが問題となります。
③ 現場監督・職長を「管理職」と扱っている
事業主に代わって従業員の労務管理を行う「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)は労働基準法の労働時間・休憩・休日の規制が及びません。
この点、現場監督や職長について、名称上は管理職でも、実際には労務管理に関し経営者と一体的な立場にない場合、この管理監督者には該当せず、残業代の支払が必要となる可能性があります。
④ 固定残業代制度が不適切
固定残業代制度には様々なものがありますが、建設業では、特定の手当を残業代として支払うような固定残業代制度を採用している例が多いように見受けられます。
もっとも、たとえば「現場手当」「職務手当」「遠方手当」「早朝手当」などの名目で一定額を支払っていても、
- 何時間分の残業代なのか明示されていない
- 通常の賃金と明確に区別されていない
- 時間単価の整合性がとれない
- 残業時間の計算と不足分の差額支払いがなされていない
といった場合、その支払いは割増賃金として有効と認められないことがあります。
固定残業代制度は、建設業に限らず法的トラブルが多発していますので、制度設計には専門家の関与がかかせません。
⑤ 勤怠管理が自己申告任せ
実際には長時間働いているにもかかわらず、会社が正確な労働時間を把握していないケースも少なくありません。
中小建設業においては、依然として〇×式出退勤管理をしているところもあるように思われます。
しかしながら、そうした出退勤の管理だけでなく、使用者は始業、休憩、終業時刻を把握し、実労働時間を管理する必要があります。それは時間外割増賃金を正しく支払うためでもありますが、労働者の健康確保の観点から労働安全衛生法上も求められている使用者の義務ですので、注意が必要です。
3.未払残業代請求が企業に与える影響
未払残業代問題は、ただ不足分を支払えば済むというものではありません。
① 過去分の一括請求
退職した従業員から、過去の未払残業代をまとめて請求されることがあります。
退職従業員が複数で相談しあって請求することもあり、人数が多数となれば金額は相当額に達する可能性があります。
従来、未払残業代を含む賃金請求権の消滅時効期間は2年とされていました。ところが、2017年の民法改正を踏まえた2020年の労基法改正により、賃金請求権の消滅時効は、当分の間、3年と改められました(労基法115条、附則143条)。これまで、未払賃金があっても、それは2年分の請求に留まっていましたが、現在は3年分の請求がなされ得ることになります(将来的には消滅時効期間は5年となることが予定されています。)。金額は多額に上る可能性が高まっており、無視することができない経営リスクといえます。
② 遅延損害金・付加金
訴訟等になれば、遅延損害金に加え、裁判所が付加金の支払を命じることもあります。
付加金とは、未払賃金と同一額の賠償支払義務を使用者に課し、その利益を労働者に与えるものであり、法の実効性を高めようとする制度です(労基法114条)。企業にとっては非常にダメージが大きく、そうした制裁を受けることは避けなければなりません。
③ 労基署対応
未払残業代問題が表面化すると、労働基準監督署の調査や是正勧告につながることがあります。
④ 他の従業員への波及
一人からの請求が、同様の立場にある他の従業員にも広がることがあります。
対応を誤ると不利な先例ができてしまい、二次請求、三次請求とつながりかねません。
⑤ 採用・定着への悪影響
未払残業代問題が表面化すると、会社の評判に影響し、人材採用や定着にも悪影響を及ぼします。
4.建設業では「労働時間」の考え方が特に重要
未払残業代問題を考えるうえで最も重要なのは、どこまでが労働時間なのか
という点です。
建設業では、現場作業時間だけでなく、次のような時間も問題になります。
- 会社集合後の移動時間
- 現場での待機時間
- 資材や機材の積込み・準備時間
- 作業日報作成や報告作業の時間
- 現場終了後の事務所での事務作業
労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます。使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間にあたることになります(厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」参照)。
したがって、「現場に出ている時間だけをカウントする」という運用では足りない場合がある点に注意が必要です。
5.現場監督・職長は管理監督者になるのか
建設業では、現場監督や職長について
- 管理する立場だから
- 現場を任されているから
という理由で、残業代を支払っていないケースがあります。
しかし、労働基準法上の「管理監督者」は、単に役職名があるだけでは足りません。管理職というだけでも足りません。
問題となるのは、
- 経営者と一体的な立場にあるか
- 労働時間について大きな裁量があるか
- 賃金・待遇がそれに見合っているか
といった実質です。
建設業の現場監督や職長の多くは、実際には現場対応に追われ、出退勤も工期も一定程度拘束されており、管理監督者性が否定される可能性が十分にあります。
この点は、企業側で一度冷静に見直しておく必要があります。
6.固定残業代制度にも注意が必要
建設業では、
- 現場手当
- 工務手当
- 役職手当
- 営業手当
などの名目で手当を支払っていることがあります。
そして、そうした手当を「残業代見合い」ないし「残業代含み」と考え、別途残業代を支払っていない建設業者も散見されます。
しかし、これを固定残業代として扱うためには、
- 時間外、休日、深夜などの割増賃金にあたる部分について、相当する時間数と金額を書面等で明示し、通常の賃金と割増賃金を明確に区分すること
- 実際の時間外労働時間が定額残業代でカバーされる部分を超えた場合にその差額の支払がなされていること
がなされていること重要です。
例えば、単に「月5万円の現場手当を支給する」と定めているだけでは、固定残業代として認められない可能性があります。
制度の設計が不十分だと、支払っていたはずの手当が残業代の支払とは認められず、別途、未払残業代請求を受けるリスクがあります。
これは、企業側からすると、「支払っていたつもり」なだけに、なかなか納得しがたいことが多いといえます。
7.未払残業代問題は「人手不足」と表裏一体
建設業で未払残業代問題が起きる背景には、かつての業界慣行の影響も否定できません。
「これまで法違反を指摘されたことがない」「他の会社もやっている」「職人はこうするのが当たり前」「建設工事の現場とはこういうもの」
こうした悪意のない業界の慣行や風習意識が旧態依然として働いている可能性があります。
しかしながら、時代は移り変わっています。かつては許されていたことが現在では許されないということは、未払残業代の問題に限らず、あるいは建設業界に限らず、多々あります。中小建設業の経営者は、考え方と意識を変えて、コンプライアンス時代に適応した労務管理と経営をしていくことが今求められています。
また、建設業において残業代の問題が生じてしまう大きな要因として、慢性的な人手不足があります。
- 人が足りない
- 一人当たりの負担が重い
- 結果として長時間労働になる
という構造です。
しかし、未払残業代問題を放置すると、
- 退職者が増える
- 採用が難しくなる
- さらに人手不足が深刻化する
という悪循環に陥ります。
つまり未払残業代問題は、過去の精算の問題であると同時に、将来の人材確保戦略の問題でもあるのです。
8.企業が取るべき実務対応
① 労働時間の実態調査
まずは現状把握です。
- 現場集合時間
- 移動時間
- 準備・片付け
- 事務作業時間
を含めて、実態上どのような行為をどれだけの時間行っているのかを確認する必要があります。
また、それらの業務性、指揮監督性、義務性などの内容面を精査することが大切です。
② 勤怠管理体制の整備
建設業でも、スマートフォンアプリやクラウド勤怠管理システムなどを活用し、できる限り客観的な労働時間管理を行うことが重要です。
また、変形労働時間制の導入や計画年休制度など、労働条件を含めた全体的な労務管理の在り方を見直すことも検討に値します。
③ 賃金制度の見直し
固定残業代制度を導入している場合は、法的に有効な設計になっているか確認すべきです。
固定残業代制度をめぐる紛争は、残念ながら非常に多く起きています。
制度設計を適法に行うことはもちろんのこと、その運用を正しく行うことも制度を有効とするためには肝要です。
弁護士や社労士などの専門家を関与させて制度設計と運用をすることを強く勧めます。
④ 就業規則・36協定の見直し
残業代問題は、就業規則や36(サブロク)協定の不備とも関連します。
時間外労働の上限規制の問題と併せて、全体として制度を確認し、必要に応じて修正を検討します。
⑤ 未払リスクの事前診断
現時点で未払残業代リスクがどの程度あるのか、専門家による診断を受けることは非常に有効です。
9.未払残業代請求を受けた場合の初動対応
未払残業代請求が来た場合、最も避けたいのは、
- 感情的な対応
- 事実確認をしないままの否認
- 証拠を整えないままの回答
です。
まずは、
- 雇用契約書
- 就業規則
- 賃金台帳
- 出勤簿
- 日報
- 現場管理資料
などを整理し、請求内容の法的・事実的な妥当性を精査する必要があります。
請求額がそのまま認められるとは限りませんが、会社側の管理が曖昧な場合には不利になるおそれがあります。
初動の段階から、使用者側労務に詳しい弁護士の助言を受けることが重要です。
10.虎ノ門法律経済事務所名古屋支店の法務支援
虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、名古屋・愛知を中心に中小建設企業の労務問題を多数支援しています。
主な支援内容
- 建設業の未払残業代リスク診断
- 労働時間管理体制の整備
- 固定残業代制度の見直し
- 就業規則整備
- 36協定の見直し
- 労基署対応
- 未払残業代請求への対応
- 働き方改革・人材定着支援
建設業の未払残業代対策は「人を守る経営」
未払残業代問題は、単なる法令違反の問題ではありません。
- 従業員の生活を守る
- 会社の信用を守る
- 若手が定着する職場を作る
という意味で、建設業の未来を左右する問題です。
人手不足が深刻化する中で、真面目に経営をしている会社ほど、労務管理を整え、選ばれる会社になっていく必要があります。
建設業の未払残業代問題でお困りの方へ
- 労働時間管理が曖昧で不安がある
- 固定残業代制度が適法か知りたい
- 現場監督に残業代が必要か分からない
- すでに未払残業代請求を受けている
- 残業や賃金の問題全般を予防的にチェックしたい
建設業の未払残業代問題に関する対応や予防などの労務・法務分野については、建設業における労働問題に強い弁護士などの労務の専門家の支援を受けながら、準備・対応をされることを強くお勧めいたします。
そして、問題が発生してから対応するよりも、発生する前にリスクを把握し、制度を整えることが重要です。
真面目に経営をされている建設業の経営者の皆様が、「法律を知らなかった」「昔からこうやってきたから許されるはず」という不知や思い違いで苦しい思いをされないよう、少しでもお力になれればと願っています。

岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。
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