建設業の「移動時間」と労働時間管理 - 現場移動・直行直帰・待機時間の未払残業代問題 -
文責:弁護士 古山 雅則
本記事で書かれている内容
建設業では移動時間が問題になりやすい
建設業の労務問題の中でも、特に問題となることの多いテーマの一つが「移動時間は労働時間なのか」という問題です。
建設業では
- 現場が日々変わる
- 遠方の現場もある
- 朝会社に集合して現場へ向かう
- 社用車で職人を乗せて移動する
といった働き方がされることが多くあります。
会社の事業所に所定始業時刻前に一旦集合し、マイクロバスやバンなどで集団移動し、終業後もその逆パターンで帰るという例が典型的です。
一度会社に集合しているため、
- 移動時間を労働時間として扱うべきか
- 残業代計算に含める必要があるのか
という問題・疑問が生じます。
この点は、未払残業代問題とも密接に関係する建設業における重要論点といえるでしょう。
1.労働時間とは何か
労働基準法が規制する労働時間は、現に労働させる時間(実労働時間)です(労基法32条)。厚生労働省によれば、この労働時間は、「使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間」を指すと解されています(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン)。裁判所もまた、「労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」と判示しており(最判平成12年3月9日民集54巻3号801頁)、こうした行政及び司法の解釈を端的にいえば、次のように考えることができます。
「使用者の指揮命令下に置かれている時間」。これが労働時間です。
つまり、
- 準備している時間
- 待機している時間
- 移動している時間
であっても、それらが「会社の指揮命令下に置かれていると評価できる場合」は、労働時間になる可能性があります。
2.会社集合後の現場移動は労働時間か
建設業で最も典型的なのが、会社集合 → 社用車で現場へ移動というケースです。
この場合、
- 使用者が会社への集合を命じている
- 社用車での移動が義務付けられている
- 車両に資材の積込みをしている
- 移動時間中に工事の打合せをしている
といった事情があれば、その移動時間は労働時間と評価される可能性が高くなります。
特に次のような場合は労働時間と判断されやすいです。
- 資材や機材を運搬している
- 運転を業務として行っている
- 移動時間中に打合せをすることが予定として組み込まれている
会社に集合して現場に移動することがダメというわけではありません。そうした移動がすべて労働にあたるというものでもありません。各企業において、会社集合と現場移動への実態を点検し、労働時間に当たるような事情がないかどうかをまずは確認することが肝要です。
【東京地判平成20年2月22日労働判例966号51頁】
- 上下水道、衛生設備、冷暖房及び各種管工事の設計並びに工事請負等を業務とする株式会社に対し、退職従業員が未払残業代等の請求をした事件
- 従業員は、原則的に会社の事務所に一旦皆で集合するのが常態となっており、その前に事務所から徒歩5分ほどのところにある会社の車の置かれている駐車場で資材置き場(駐車場兼資材置き場)に立ち寄り、現場に赴く車両に配管の資材や機械等を積み込んだ上で各現場に赴くことが少なからずあったうえ、ある程度経験のある「親方」とその指示を受けて作業をする「手元」と呼ばれる従業員の2人が一組になって仕事をすることが多く、2人一組の場合には2人が同じ社用車に同乗して現場にそろって赴くという勤務状況にあった
- 「一般的に労働時間とは使用者の作業上の指揮監督下にある時間または使用者の明示または黙示の指示によりその業務に従事する時間と定義される」
- ①従業員は、一旦は皆で事務所から徒歩5分ほどの駐車場兼資材置き場にバイクなり車で来て、そこで会社の車両に資材等を積み込んで事務所に所定始業時刻である午前8時00分よりも前の午前6時50分ころに来ていること②その後は当日入る現場や番割りさらには留意事項等の業務の打ち合わせが行われ、あるいは事務所隣の倉庫から資材を車両に積み込んだり、入る現場や作業につき指示を待つ状態にあること
- こうした①及び②の事情等を踏まえれば、直行の場合を除いて少なくとも午前6時50分以降は使用者の作業上の指揮監督下にあるか使用者の明示又は黙示の指示によりその業務に従事しているものと考えるのが相当
3.直行直帰の場合はどうなるか
一方で、自宅 → 現場の移動はどうでしょうか。
これは一般的には通勤時間と考えられ、労働時間には該当しないとされています。
ただし例外もあります。
例えば、
- 会社の指示で資材を運搬している
- 現場間を移動している
- 作業指示を受けながら移動している
といった場合には、具体的な事情によっては労働時間と評価される可能性が出てきます。
4.現場間の移動時間
建設業では、現場 → 別の現場
へ移動することもあります。
この場合は、業務上の移動であるため、原則として労働時間と考えられます。
5.手待ち時間・待機時間
例えば、
- 工事開始を待つ時間
- 元請の指示待ち
- 資材到着待ち
などの時間も問題になります。
これらは自由に利用できない場合には、労働時間と判断される可能性があります。
持ち場を離れることができず、指示があればすぐに業務に従事する必要がある場合は、指揮監督下にあるとして労働時間にあたり得ます。
労働時間にあたらないというためには、単に実労働に従事していないというだけでなく、使用者の指揮監督下にないこと、つまり、労働からの解放が保障されていることが必要となります。
【東京地判平成20年3月27日労働判例964号25頁】
- ガス配管工事請負業など行う会社に対して、従業員が時間外割増賃金等の支払いを請求した事件で、寮に待機することを余儀なくされていたシフト時間帯において、修理依頼がなく、実作業がない不活動時間の労働時間該当性が争われたもの
- 「労基法所定の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない時間が労基法上の労働時間に該当するか否かは、このような時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定められる」
- ①不活動時間において従業員は私服で、その生活拠点である寮の自室でテレビを鑑賞したり、パソコンに興じるなどしていた②複数の従業員が寮内の一室に集合して麻雀に興じたり、飲酒をすることもあった③不活動時間帯の外出には特段の規制はなく、携帯電話を所持して買い物のため外出することは可能であった④シフト時間帯であっても拠点近くにあるパチンコ店や飲食店へ外出する従業員もいた
- これら①ないし④ほかの事情を踏まえると、労務提供の可能性があるという意味では、本件不活動時間であっても、従業員の活動・行動には一定の制約が及んでいたことは否定できないものの、シフトの開始・終了時刻が、始業時刻・終業時刻と同様な意味での拘束性を有するものとは直ちに評し難く、むしろ、不拘束時間において、従業員は高度に労働から解放されていたとみるのが相当である。すなわち、不活動時間が使用者の指揮命令下に置かれていたとは評価するには足りない
6.建設業で移動時間が問題になる理由
建設業では、
- 現場が遠い
- 移動時間が長い
- 現場が頻繁に変わる
- 朝が早い
- 会社集合が多い
- 準備作業がある
などの事情があります。
そのため、「現場作業時間だけ」を労働時間として管理していると、会社と関わっている時間と実際の労働時間との間に大きなズレが生じることがあります。
このズレが、未払残業代問題として表面化することがあります。
会社に関わっている時間は、イコール指揮監督下にある時間ではありません。
従業員側と使用者側では、この肌感覚に違いがあるものです。
大事なのは実態です。
実態として、指揮監督下にあると評価されるか否か、客観的な視点で考える必要があります。
7.未払残業代請求との関係
移動時間が労働時間と判断されると、
- 1日の労働時間が増える
- 時間外労働が増える
結果として予期しない残業時間が生じ、割増賃金の請求金額が大きくなる可能性があります。
例えば、会社集合 → 現場まで1時間
現場 → 会社まで1時間
この2時間が労働時間と判断されれば、1日2時間の残業になる可能性があります。
仮に1か月に22~23日同じ現場で働くとすれば、移動時間だけで1月に約45時間程度の時間外労働が生じていることになります。
時間あたりの基礎賃金を仮に2000円とすると、これに25%の割増率を付加すれば時間外労働に対する残業代は2500円/時間となるため、1月で10万円を超える割増賃金が発生することになります。
もちろん、所定労働時間数や月給額・日給額、あるいは労働日数等によって算定は変わりますが、会社において想定していない残業代の存在は、それが想定外なだけに経営に大きな影響を及ぼすインパクトがあります。
8.企業が取るべき実務対応
① 移動時間の実態把握
まず重要なのは、
- 集合場所
- 移動方法
- 移動中の業務内容
などの実態を把握することです。
② 勤怠管理の見直し
建設業では、
- スマートフォン勤怠
- GPS打刻
- クラウド勤怠
などを活用することで、移動時間も含めた労働時間管理が可能になります。
③ 働き方の見直し
例えば、
- 直行直帰の導入
- 集合方式の見直し
- 資材搬送方法の改善
などによって、移動時間に関する労務リスクを減らすことができます。
会社集合と集団移動は、従業員の便宜のためであって会社の業務上の都合ではないということであれば、その任意性を明確にすべきです。指示・命令によるものではなく、単に移動方法を提供しているだけであれば、通勤バスのような性格を認めることができ、労働時間にあたらないということができるでしょう。
なお、建設業における労働時間該当性の問題は、こうした移動時間や手待ち時間・待機時間のほかにも、着替えや作業準備時間、あるいは安全教育などの研修時間も論点となりがちです。これらの各時間についても、実態を把握したうえで、労働時間該当性についての整理と管理が必要です。
9.建設業の働き方改革との関係
建設業では現在、
- 時間外労働規制(2024年問題アフター)
- 長時間労働是正
- 人材確保
といった課題に直面しています。
移動時間の問題は、単なる労務管理の問題ではなく、
- 現場運営
- 工期管理
- 働き方改革
にも関係するテーマです。
10.虎ノ門法律経済事務所名古屋支店の法務支援
虎ノ門法律経済事務所名古屋支店では、名古屋・愛知を中心に中京圏の中小建設企業の法務・労務を多数支援しています。
主な支援内容
- 移動時間の労働時間該当性診断
- 未払残業代リスク診断
- 労働時間管理体制整備
- 固定残業代制度設計
- 就業規則整備
- 労基署対応
- 未払残業代請求対応
建設業の労務管理は「現場の実態」を踏まえることが重要
建設業では、現場の実態と法律の考え方の間にズレが生じやすい分野です。
そのズレを放置すると、
- 未払残業代問題
- 労基署対応
- 人材定着問題
などに発展する可能性があります。
現場の働き方を踏まえながら、適切な労務管理体制を整備することが重要です。
建設業の労務問題でお困りの方へ
- 移動時間の扱いが分からない
- 未払残業代が心配
- 労働時間管理を見直したい
- 働き方改革を進めたい
- 技術者、技能者に選ばれる企業にしたい
そのような場合はお気軽にご相談ください。
建設業の労務問題は、現場の実情を理解した専門家の支援を受けながら対応することをお勧めします。
建設業は、技能者の高齢化と若年入職者の減少など、慢性的な人手不足による厳しい経営環境に置かれているというのが現状です。こうした課題にともに向き合い、真面目に経営をされている建設業の経営者の皆様が、労務管理の問題で苦しい思いをされないよう、少しでもお力になれればと願っています。
建設業は紛れもない日本の基幹産業であり、自動車、製鉄、家電などの様々な産業も建設業がつくりあげた社会資本抜きには語ることができません。
虎ノ門法律経済事務所名古屋支店は、法務支援を通じて、こうした建設業の発展に貢献して参りたいと思っています。

岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。
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