カスタマーハラスメント対策は企業の義務へ 令和8年10月1日施行!弁護士が解説する事業主が講じるべき実務対応
文責:弁護士 古山 雅則
本記事で書かれている内容
- 1 はじめに
- 2 カスタマーハラスメントとは何か
- 3 カスタマーハラスメントの具体例
- 4 企業がカスハラ対策を怠った場合のリスク
- 5 事業主が講じるべき措置
- 6 方針の明確化と社内外への周知
- 7 相談窓口の設置
- 8 発生時の対応フローを整備する
- 9 従業員教育・管理職研修の実施
- 10 顧客対応マニュアルの整備
- 11 メンタルヘルス対応と被害従業員の保護
- 12 取引先・顧客との契約関係の見直し
- 13 録音・録画・防犯体制の活用
- 14 カスタマーハラスメント対策は「顧客軽視」ではない
- 15 従業員を守る企業が、選ばれる企業になる
- 16 対等な顧客・取引先関係を築くことが企業を強くする
- 17 中小企業こそ早期対応が必要
- 18 弁護士に相談すべき場面
- 19 虎ノ門法律経済事務所名古屋支店によるサポート
- 20 おわりに
はじめに
顧客や取引先からの理不尽な要求、暴言、威圧的な言動、長時間の拘束、過度な謝罪要求など、いわゆる「カスタマーハラスメント」が大きな社会問題となっています。特に飲食店や小売店など消費者と相対する店舗営業型の企業で問題として認識されやすいですが、いわゆるB to Bの企業間ビジネスでも同様に起こり得ます。
カスタマーハラスメントと呼ばれるような悪質な行為を行う者については、従来、店舗などではモンスタークレーマー、病院やクリニックではモンスターペイシェントなど「モンスター」という俗語的な表現でごまかしながら、その対応は、企業ごとの自主的な取組みに委ねられてきた面がありました。しかし、その場しのぎの対処だけでは、顧客対応の現場で働く従業員が心身に大きな負担を受け、休職・退職に至るケースも少なくありません。企業にとっても、従業員の離職、職場の士気低下、業務効率の悪化、採用難、企業イメージの低下など、深刻な経営リスクとなっています。
このような状況を受け、カスタマーハラスメントを防止するために、雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務となりました。カスタマーハラスメントの防止措置を義務化する労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)の施行日は令和8年10月1日です。
企業としては、単に「クレーム対応の問題」と捉えるのではなく、労務管理、従業員保護、企業防衛、顧客・取引先との健全な関係構築という観点から、組織的なカスタマーハラスメント対策を整備する必要があります。
本稿では、使用者側で労務問題を扱う弁護士の視点から、カスタマーハラスメントの具体例、企業が講じるべき措置、そしてカスタマーハラスメント対策を企業成長につなげるための考え方について解説します。
カスタマーハラスメントとは何か
カスタマーハラスメントとは、一般に、顧客、取引先、施設利用者、患者、利用者、発注者、元顧客など、事業に関係する者からの言動のうち、社会通念上許容される範囲を超え、従業員の就業環境を害するものをいいます。
重要なのは、すべてのクレームや苦情がカスタマーハラスメントに当たるわけではないという点です。
商品やサービスに問題があった場合、顧客が説明、修理、交換、返金、再発防止を求めること自体は、正当な申出である場合があります。企業は、正当な苦情や意見には誠実に対応すべきです。
しかし、要求内容が不合理であったり、要求の方法・態様が著しく不相当であったりする場合には、もはや正当なクレームの範囲を超え、カスタマーハラスメントとして対応すべき問題になります。
たとえば、商品不良について説明を求めることは正当な申出であり得ますが、担当者を長時間拘束して人格を否定する発言を繰り返す、土下座を強要する、SNSに晒すと脅す、担当者の自宅や個人情報を調べようとする、といった行為は許されません。
企業がまず押さえるべきことは、「お客様だから何をしても許される」という考え方は、法的にも労務管理上も通用しないということです。
カスタマーハラスメントの具体例
カスタマーハラスメントは、業種や職場によって態様が異なります。小売、飲食、宿泊、医療、介護、金融、不動産、建設、運送、士業、コールセンター、自治体窓口など、顧客・利用者・取引先と接するあらゆる業種で発生し得ます。
以下では、企業が社内研修や対応マニュアルを作成する際に参考となるよう、できるだけ具体的に例を挙げます。
暴言・侮辱・人格否定
「馬鹿」「無能」「使えない」「辞めろ」などと従業員を罵倒する。
「お前では話にならない」「人間としておかしい」など人格を否定する。
「こんな会社に勤めていて恥ずかしくないのか」と侮辱する。
外国人従業員に対し、国籍、出身地、日本語能力などを理由に差別的発言をする。
女性従業員に対し、性別や容姿に関する侮辱的な発言をする。
若手従業員に対し、「新人のくせに」「社会を知らない」などと執拗に責める。
威嚇・脅迫
大声で怒鳴る。
机を叩く、物を投げる、椅子を蹴るなどして威圧する。
「会社を潰してやる」「ネットに書いてやる」「マスコミに言うぞ」と脅す。
「担当者の名前を覚えたからな」「帰り道に気をつけろ」などと恐怖を与える。
反社会的勢力との関係を示唆して要求を通そうとする。
従業員の名札を撮影し、SNSで晒すと告げる。
身体的な攻撃・危険行為
従業員を押す、掴む、叩く。
商品、書類、飲み物などを投げつける。
カウンター越しに身を乗り出して威圧する。
出入口を塞ぎ、従業員を移動できない状態にする。
車両や機械を危険な形で動かし、従業員に恐怖を与える。
店舗、事務所、現場内で暴れる。
長時間拘束・執拗な対応要求
些細な内容について、何時間も電話を切らせない。
閉店後や営業時間外にも対応を強要する。
同じ説明を何度しても納得せず、繰り返し謝罪や説明を求める。
担当者を長時間立たせたまま説教する。
業務時間外、休日、深夜に電話やメールで対応を求める。
担当者の通常業務ができなくなるほど頻繁に連絡する。
過度な謝罪要求
土下座を要求する。
役員や代表者による直接謝罪を当然のように求める。
謝罪文の文言を一方的に指定する。
担当者を自宅や取引先まで謝罪に来させようとする。
謝罪の様子を撮影しようとする。
何度謝罪しても「誠意が足りない」と言い続ける。
不当・過大な金銭要求
実際の損害を大きく超える賠償金を要求する。
根拠なく慰謝料や迷惑料を請求する。
無料サービス、値引き、返金、商品提供を強要する。
「迷惑をかけたのだから料金を全額返せ」と不合理な返金を求める。
自らの使用方法に問題があるにもかかわらず、全額補償を求める。
「金を払えばネットに書かない」などと金銭を要求する。
不当な処分要求・人事介入
担当者を解雇するよう要求する。
「あの従業員を異動させろ」「二度と接客させるな」と求める。
上司や経営者を呼び出し、従業員の処分を迫る。
取引継続の条件として、担当者の交代や降格を求める。
従業員個人の評価、給与、処分内容について説明を求める。
SNS・インターネットを利用した攻撃
企業名や従業員名をSNSに投稿して批判する。
従業員の顔写真、名札、音声、動画を無断で公開する。
一部の会話だけを切り取って投稿し、企業を攻撃する。
口コミサイトに虚偽または誇張した内容を書き込む。
「拡散してやる」「炎上させる」と脅す。
従業員の個人アカウントを探し出してメッセージを送る。
セクシュアルハラスメント型の言動
従業員の容姿、年齢、体型、服装について性的な発言をする。
食事や交際をしつこく求める。
不必要に身体に触れる。
接客中に性的な冗談や質問をする。
「連絡先を教えろ」と執拗に迫る。
女性従業員や若年従業員を指名して対応を求める。
差別的・偏見に基づく言動
国籍、人種、民族、宗教、障害、性別、年齢などを理由に侮辱する。
外国人従業員に対し、「日本人を出せ」と要求する。
障害のある従業員に対し、不適切な発言をする。
高齢の従業員に対し、「年寄りには無理だ」などと侮辱する。
性的指向や性自認に関する差別的発言をする。
取引先・発注者による優越的言動
発注者が、取引継続を盾に担当者へ過度な要求をする。
契約外の業務を無償で行わせようとする。
「今後の取引を考える」と言って、無理な納期変更や値引きを迫る。
取引先担当者が、自社従業員を長時間叱責する。
現場で協力会社の従業員に対し、威圧的な指示や人格否定を行う。
契約上の立場を利用して、相手企業の従業員に私的な用事をさせる。
施設・職場への居座り、業務妨害
店舗、事務所、受付、現場に長時間居座る。
他の顧客の前で大声を出し、通常業務を妨害する。
受付や電話回線を占有する。
従業員が他の業務に戻ることを妨げる。
正当な理由なく何度も来店・来所する。
退去を求めても応じない。
これらは一例にすぎません。実務上は、単独の言動だけでなく、言動の内容、回数、継続時間、場所、従業員への影響、業務への支障、企業側の落ち度の有無などを総合的に見て、カスタマーハラスメントに当たるかを判断することになります。
企業がカスハラ対策を怠った場合のリスク
カスタマーハラスメントは、顧客と従業員との間で起こる問題に見えます。しかし、企業が適切な対応を怠った場合、企業自身の責任が問われる可能性があります。
事業主は、従業員が安全かつ健康に働ける職場環境を整える義務を負っています(労働契約法5条、労働基準法第5章、労働安全衛生法1条等参照)。従業員が顧客から著しい暴言や脅迫を受けているにもかかわらず、会社が「お客様だから我慢しなさい」「担当者なのだから最後まで対応しなさい」と放置すれば、従業員のメンタル不調、休職、退職、労災申請、損害賠償請求などにつながる可能性があります。
また、現場の従業員が会社に守られていないと感じれば、職場への信頼は失われます。従業員は、理不尽な顧客対応を一人で抱え込み、疲弊し、やがて離職してしまいます。人手不足が深刻な時代において、従業員を失うことは企業にとって大きな損失です。
さらに、カスタマーハラスメントを放置する企業では、顧客対応の品質も低下します。従業員が萎縮し、正当な説明や毅然とした対応ができなくなれば、クレーム対応はかえって長期化・複雑化します。悪質な顧客や取引先に対して不適切に譲歩を重ねれば、同様の要求が繰り返され、企業秩序が崩れていきます。
つまり、カスタマーハラスメント対策は、従業員保護の問題であると同時に、企業防衛、品質管理、ブランド維持、人材確保の問題でもあります。
事業主が講じるべき措置
令和8年10月1日以降、事業主にはカスタマーハラスメント防止のため、雇用管理上必要な措置を講じることが求められます。
企業は、単に「カスハラを許しません」と宣言するだけでは足りません。実際に従業員が相談でき、会社が対応でき、再発防止につながる仕組みを整える必要があります。
以下、実務上特に重要な措置を具体的に整理します。
方針の明確化と社内外への周知
まず、会社としてカスタマーハラスメントを許容しないという方針を明確にする必要があります。
具体的には、以下のような内容を定めることが考えられます。
カスタマーハラスメントの定義
カスタマーハラスメントに該当する具体例
従業員を守るという会社の基本方針
顧客・取引先に対しても毅然と対応する方針
悪質な場合には対応を打ち切ること
必要に応じて警察、弁護士、関係機関に相談すること
従業員が相談したことを理由に不利益取扱いをしないこと
この方針は、社内規程、就業規則、ハラスメント防止規程、顧客対応マニュアルなどに明記することが望ましいです。カスタマーハラスメント対応についての基本方針は、経営陣からのメッセージとして発出することが望ましく、現場に立つ社員の大きな勇気を与えることになります。カスタマーハラスメントの具体例については、企業の業種や想定される顧客類型等に応じて各社独自のものを具体的に挙げると従業員が対応をしやくすなります。
また、社内だけでなく、必要に応じてホームページ、店舗掲示、契約書、利用規約、発注書、見積書、重要事項説明書、受付案内などを通じて、顧客や取引先にも周知することが有効です。最近では、カスタマーハラスメントは許容しない旨のポスターが掲示されている店舗を見かけることが増えてきました。店舗などのスタイルに合わせてイラストなどで分かりやすく告知することは、顧客にとっても当該企業や店舗に対する信頼を増すことにつながります。
硬めのメッセージとしては、例えば次のような文面が考えられます。
「当社は、お客様からのご意見・ご要望には誠実に対応いたします。一方で、従業員に対する暴言、脅迫、人格否定、長時間の拘束、過度な要求、SNSへの無断投稿等の行為があった場合には、対応を中止し、必要に応じて法的措置を含む対応を行います。」
このような方針を明示することは、顧客を拒絶するためではありません。正当な意見や苦情には誠実に対応しつつ、従業員の尊厳を損なう行為は認めないという、企業としての健全な姿勢を示すものです。
相談窓口の設置
次に、従業員がカスタマーハラスメントについて相談できる窓口を設置する必要があります。
相談窓口は、形式的に設けるだけでは不十分です。従業員が実際に相談しやすい体制でなければなりません。
具体的には、以下のような工夫が考えられます。
相談窓口の担当者を明確にする。
上司、人事部、コンプライアンス部門、外部相談窓口など複数の相談先を用意する。
電話、メール、チャット、面談など複数の相談方法を設ける。
相談内容の秘密を守ることを明示する。
相談したことを理由に不利益な取扱いをしないことを明示する。
パート、アルバイト、派遣社員、契約社員も相談できることを周知する。
店舗、支店、現場、コールセンターなど、本社から離れた職場でも利用しやすい体制にする。
カスタマーハラスメントは、現場で突然発生することが多いため、従業員が「どこに相談すればよいかわからない」という状態を放置してはいけません。
特に、若手従業員、非正規従業員、外国人従業員、単独勤務の従業員は、被害を受けても相談をためらうことがあります。企業側から積極的に、「一人で抱え込まなくてよい」「会社が対応する」というメッセージを発信することが重要です。
発生時の対応フローを整備する
カスタマーハラスメントが発生した場合、現場任せにすると、対応が属人的になり、従業員が過度な負担を負うことになります。
そのため、企業は、発生時の対応フローをあらかじめ整備しておく必要があります。
たとえば、以下のような流れを定めておくことが考えられます。
一次対応
まず、現場担当者が顧客の話を聞き、事実確認を行います。この段階では、正当な苦情である可能性もあるため、頭ごなしに拒絶するのではなく、冷静に内容を確認します。
ただし、暴言、脅迫、身体的危険、長時間拘束などがある場合には、担当者一人に対応を続けさせるべきではありません。
上司・責任者への引継ぎ
一定以上のクレームや威圧的言動があった場合には、速やかに上司や責任者に引き継ぎます。
「担当者が最後まで対応しなければならない」という運用は避けるべきです。担当者を交代させる、複数名で対応する、場所を変える、電話対応に切り替えるなど、従業員の安全を確保する対応が必要です。
対応打切りの判断
顧客の言動が社会通念上許容される範囲を超える場合には、会社として対応を打ち切る判断も必要です。
たとえば、以下のような場合には、対応打切りを検討すべきです。
暴言や脅迫が続く場合
何度説明しても同じ要求を繰り返す場合
長時間にわたり従業員を拘束する場合
不当な金銭要求がある場合
土下座や過度な謝罪を求める場合
従業員の個人情報を要求する場合
SNSへの投稿をちらつかせて要求を通そうとする場合
退去要請に応じない場合
対応を打ち切る際には、「これ以上の対応はいたしかねます」「今後は書面でご連絡ください」「以後の対応は代理人を通じて行います」など、冷静かつ明確に伝えることが重要です。
記録化
カスタマーハラスメント対応では、記録が極めて重要です。
記録すべき事項としては、以下が挙げられます。
発生日時
場所
顧客・取引先の氏名、会社名、連絡先
対応した従業員
言動の具体的内容
要求内容
対応経過
同席者・目撃者
録音・録画の有無
従業員の心身への影響
上司・会社の対応
再発防止策
記録がない場合、後日紛争になった際に、企業側の対応の正当性を説明することが難しくなります。現場で簡単に記入できる報告書や入力フォームを整備しておくことが有効です。
外部機関への相談
悪質なケースでは、警察、弁護士、行政機関、産業医、社労士など外部専門家との連携が必要です。
暴行、脅迫、強要、恐喝、威力業務妨害、不退去、名誉毀損、侮辱、信用毀損などが問題となる場合には、単なるクレーム対応として処理すべきではありません。
早期に弁護士に相談し、警告書の送付、代理人対応、面談拒否、出入禁止、仮処分、損害賠償請求、刑事告訴・被害届などを検討すべき場合があります。
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パワハラを主張する社員との紛争を労働審判によって解決した事例
従業員教育・管理職研修の実施
カスタマーハラスメント対策を実効的なものにするためには、従業員教育が不可欠です。
現場従業員に対しては、次のような内容を教育することが考えられます。
カスタマーハラスメントとは何か。
正当な苦情と不当な要求の違い。
暴言や脅迫を受けた場合の初期対応。
一人で抱え込まず上司に引き継ぐこと。
記録の取り方。
録音・録画の活用ルール。
SNS対応の注意点。
退去要請や対応打切りの基準。
身の危険を感じた場合の避難方法。
相談窓口の利用方法。
管理職に対しては、さらに踏み込んだ研修が必要です。
管理職が「お客様なのだから我慢しろ」「君の対応が悪いから怒られたのではないか」といった対応をしてしまうと、会社のカスタマーハラスメント対策は機能しません。むしろ、会社自身が従業員を追い詰めることになります。
管理職には、以下の点を理解させる必要があります。
カスタマーハラスメントは労務リスクであること。
従業員の安全配慮が必要であること。
現場任せにせず、会社として対応すること。
顧客対応の打切りを判断する場面があること。
従業員を責めるのではなく、事実確認と保護を優先すること。
メンタルヘルス不調の兆候を見逃さないこと。
悪質事案では弁護士や警察に相談すべきこと。
カスタマーハラスメント対策は、現場従業員だけに学ばせればよいものではありません。経営者、役員、管理職、人事担当者が、企業として従業員を守る姿勢を共有することが重要です。
顧客対応マニュアルの整備
企業は、業種や顧客対応の実態に応じて、具体的な顧客対応マニュアルを整備すべきです。
マニュアルには、以下のような内容を盛り込むことが考えられます。
通常クレームへの対応手順
カスタマーハラスメントに該当し得る言動の例
担当者から上司へ引き継ぐ基準
複数名対応に切り替える基準
電話を終了する基準
面談を打ち切る基準
退去を求める基準
警察に通報する基準
弁護士に相談する基準
録音・録画のルール
報告書の作成方法
SNS投稿への対応
従業員のメンタルケア
再発防止策の検討手順
マニュアルは、作成して終わりではありません。机上のものと現場で使えるものは一致せず、最初から万全なものはできないと心得ておく必要があります。実際の事案に照らして定期的に見直し、現場で使いやすいものに改善していく必要があります。
特に、業種ごとにカスタマーハラスメントの態様は異なります。
小売・飲食では店舗での暴言や居座り、コールセンターでは長時間電話や録音の切り取り、医療・介護では利用者や家族からの暴言・過度な要求、建設・不動産では発注者や近隣住民からの執拗な要求、士業・専門サービスでは高度な説明要求や不当な返金要求などが問題となりやすいでしょう。
自社の業務内容に即したマニュアルを作ることが、実効性のある対策につながります。
メンタルヘルス対応と被害従業員の保護
カスタマーハラスメントを受けた従業員は、強い精神的ショックを受けることがあります。
一見平気そうに見えても、不眠、不安、食欲不振、出勤困難、集中力低下、涙が出る、顧客対応が怖い、電話に出られないなどの症状が出ることがあります。
企業は、被害を受けた従業員に対し、以下のような保護措置を検討すべきです。
当該顧客への対応から外す。
一時的に配置を変更する。
上司や人事担当者が面談する。
産業医やカウンセラーにつなぐ。
必要に応じて休養を認める。
本人の希望を踏まえて復帰方法を検討する。
会社として顧客に対応する姿勢を明確に示す。
被害従業員を責めない。
相談したことを理由に不利益取扱いをしない。
カスタマーハラスメント対応で最も避けるべきなのは、被害従業員を孤立させることです。
「あなたの対応が悪かったのではないか」「接客業なのだから仕方がない」「大事にしたくないから我慢してほしい」といった対応は、従業員の会社に対する信頼を失わせます。
従業員を守る姿勢を明確に示すことは、企業の安全配慮義務の観点からも、人材定着の観点からも極めて重要です。
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取引先・顧客との契約関係の見直し
カスタマーハラスメント対策では、顧客対応の現場だけでなく、取引先との契約書や取引条件の整備も重要です。
特にBtoB取引では、取引先や発注者からの過度な要求が、担当従業員へのハラスメントとして現れることがあります。
たとえば、契約外の業務を無償で求める、無理な納期を強要する、担当者を長時間拘束する、取引継続を盾に人格否定的な叱責をする、といったケースです。
このような場合に備え、契約書や取引基本契約書に、以下のような条項を設けることも検討すべきです。
双方の従業員に対するハラスメントを禁止する条項
暴言、脅迫、差別的言動、過度な要求を禁止する条項
違反があった場合の是正要求
悪質な場合の取引停止・契約解除
協議窓口の明確化
クレーム・紛争時の対応方法
SNS等での信用毀損行為の禁止
秘密保持・個人情報保護に関する条項
顧客や取引先との関係は、企業にとって重要です。しかし、重要な取引先であっても、自社の従業員を傷つけることを許してよいわけではありません。
健全な取引関係は、一方が他方に従属する関係ではなく、相互に尊重し合う対等な関係であるべきです。
録音・録画・防犯体制の活用
カスタマーハラスメント対応では、事実関係を正確に把握することが重要です。そのため、録音、録画、防犯カメラ、通話記録、メール、チャット履歴などの証拠保全が大きな意味を持ちます。
コールセンターや電話対応の多い企業では、通話録音を導入することが有効です。店舗や受付では、防犯カメラの設置が、従業員保護と事実確認に役立ちます。オンライン商談やチャット対応では、やり取りの保存ルールを整備しておくことが重要です。
ただし、録音・録画を行う場合には、個人情報保護やプライバシーにも配慮する必要があります。利用目的、保存期間、管理方法、アクセス権限などを定め、適切に運用することが必要です。
また、録音・録画は万能ではありません。最も重要なのは、従業員が危険を感じた場合に、対応を終了し、安全な場所へ退避できる体制です。証拠を残すことよりも、従業員の安全確保を優先すべきです。
カスタマーハラスメント対策は「顧客軽視」ではない
企業がカスタマーハラスメント対策を進める際、しばしば懸念されるのが、「顧客対応が冷たくなるのではないか」「クレームを拒絶する企業だと思われるのではないか」という点です。
しかし、カスタマーハラスメント対策は、顧客軽視ではありません。
企業は、正当な意見、苦情、要望には誠実に対応すべきです。商品やサービスに不備があった場合には、謝罪し、説明し、改善し、必要に応じて補償することも当然です。顧客の声は、商品・サービスの改善につながる貴重な情報です。
一方で、暴言、脅迫、人格否定、過度な要求、長時間拘束、不当な金銭要求まで受け入れる必要はありません。それは、顧客対応ではなく、従業員の尊厳を犠牲にする行為です。
正当なクレームには誠実に対応し、不当な要求には毅然と対応する。この線引きを明確にすることこそ、企業に求められる成熟した顧客対応です。
むしろ、カスタマーハラスメント対策を整備することで、従業員は安心して顧客対応に集中できます。理不尽な要求に怯えることなく、正当な苦情には丁寧に向き合い、必要な説明を行うことができます。その結果、顧客対応の品質も向上します。
従業員を守る企業が、選ばれる企業になる
人手不足が深刻化する中で、企業にとって従業員は最も重要な経営資源です。
従業員が「会社は自分たちを守ってくれる」と感じられる職場では、安心感と信頼感が生まれます。従業員は、会社への帰属意識を持ち、前向きに仕事に取り組むことができます。
一方で、カスタマーハラスメントを受けても会社が守ってくれない職場では、従業員は疲弊し、退職していきます。採用しても定着せず、現場には経験の浅い人材ばかりが残り、サービス品質も低下します。その結果、顧客満足度も下がり、企業の成長力は失われます。
従業員を大切にすることは、単なる理念ではありません。企業の持続的な発展に直結する経営戦略です。
カスタマーハラスメント対策は、従業員に対し、「会社はあなたを一人にしない」「理不尽な要求から守る」「安心して働ける環境を整える」というメッセージを示すものです。
このような企業姿勢は、採用活動においても重要です。求職者は、給与や休日だけでなく、会社が従業員をどのように扱うかを見ています。カスタマーハラスメント対策を明確に打ち出している企業は、従業員を大切にする企業として、求職者からも信頼されやすくなります。
対等な顧客・取引先関係を築くことが企業を強くする
日本企業では、長年にわたり「お客様は神様」という考え方が広く浸透してきました。もちろん、顧客を大切にする姿勢は重要です。しかし、その考え方が行き過ぎると、従業員が理不尽な要求に耐えることを当然視する文化につながります。
企業が目指すべきなのは、顧客や取引先に従属する関係ではなく、相互に尊重し合う対等な関係です。
顧客は、商品やサービスに対して正当な対価を支払います。企業は、専門性、労務、時間、品質を提供します。この関係は、本来、対等な契約関係です。
取引先との関係も同じです。発注者と受注者、元請と下請、委託者と受託者という立場の違いはあっても、一方が他方の従業員を傷つけてよい理由にはなりません。
不当な要求を受け入れ続ける企業は、短期的には取引を維持できるかもしれません。しかし、長期的には、従業員が疲弊し、採算が悪化し、組織の誇りが失われます。結果として、企業の競争力は低下します。
反対に、適正な価格、適正な業務範囲、適正な対応時間、相互尊重を基礎とした取引関係を築く企業は、従業員の力を最大限に発揮できます。顧客や取引先に対しても、専門性と品質に基づいた健全なサービスを提供できます。
カスタマーハラスメント対策は、顧客対応の質を下げるものではありません。企業と顧客・取引先が、長期的に信頼し合える関係を築くための基盤です。
中小企業こそ早期対応が必要
カスタマーハラスメント対策は、大企業だけの問題ではありません。むしろ、中小企業こそ早期に取り組むべき課題です。
中小企業では、一人の従業員が担う役割が大きく、特定の担当者がカスタマーハラスメントにより休職・退職すると、業務への影響が直ちに生じます。また、担当者と顧客との距離が近いため、従業員が個人的に攻撃されやすいケースもあります。
さらに、中小企業では、クレーム対応のルールが明文化されておらず、経営者や現場責任者の経験に頼っていることも少なくありません。その結果、対応が場当たり的になり、従業員が一人で抱え込んでしまうことがあります。
中小企業がまず取り組むべきことは、難しい制度を一度に整えることではありません。
まずは、会社としての方針を明確にすること、相談窓口を決めること、対応を記録すること、悪質な場合には対応を打ち切る基準を作ること、従業員に「一人で抱え込まないでよい」と伝えることです。
これだけでも、現場の安心感は大きく変わります。
弁護士に相談すべき場面
カスタマーハラスメント対応では、早期に弁護士へ相談すべき場面があります。
特に、以下のようなケースでは、法的対応を検討すべきです。
顧客や取引先から脅迫的な発言がある。
従業員に対する暴行や身体的接触がある。
不当な金銭要求がある。
土下座や過度な謝罪を強要されている。
店舗や事務所に居座られている。
SNSや口コミサイトで虚偽の投稿をされている。
従業員の氏名、写真、動画、音声を無断で公開されている。
取引先から契約外の業務を強要されている。
会社として対応を打ち切りたいが、伝え方に迷っている。
警察に相談すべきか判断できない。
被害従業員が休職し、労務対応が必要になっている。
顧客から損害賠償請求や訴訟を示唆されている。
弁護士が関与することで、対応方針の整理、証拠の確認、警告書の作成、代理人対応、従業員への説明、警察対応、SNS投稿への対応、損害賠償請求、契約解除、出入禁止措置などを検討することができます。
また、発生後の対応だけでなく、事前の体制整備についても弁護士に相談することが有効です。就業規則、ハラスメント防止規程、顧客対応マニュアル、契約書、利用規約、掲示文、社内研修資料などを整備しておくことで、実際に問題が発生した際の対応力が大きく変わります。
虎ノ門法律経済事務所名古屋支店によるサポート
虎ノ門法律経済事務所名古屋支店は、使用者側の労務問題に注力し、企業の人事労務に関するさまざまな相談に対応しています。
カスタマーハラスメント対策についても、単なる一般論ではなく、企業の業種、規模、顧客対応の実態、過去のトラブル、社内体制に応じた実務的な支援が可能です。
具体的には、以下のようなサポートを行うことができます。
カスタマーハラスメント防止方針の策定
社内規程・就業規則・ハラスメント防止規程の整備
顧客対応マニュアルの作成
相談窓口体制の設計
管理職向け研修・従業員向け研修
悪質クレームへの対応方針の助言
顧客・取引先への通知書、警告書の作成
SNS投稿、口コミ被害への対応
警察相談・刑事対応に関する助言
被害従業員の休職・復職・メンタルヘルス対応
労災、損害賠償、労働紛争への対応
取引基本契約書・利用規約へのハラスメント禁止条項の整備
企業の実情に応じた再発防止策の策定
カスタマーハラスメント対策は、法律上の義務に対応するためだけのものではありません。従業員を守り、顧客や取引先との健全な関係を築き、企業が持続的に発展するための重要な経営課題です。
当事務所では、企業側の立場に立ち、現場で実際に機能するカスタマーハラスメント対策をサポートいたします。
おわりに
令和8年10月1日から、カスタマーハラスメント防止のために雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務となります。
企業は、施行日を待って対応するのではなく、直ちに準備を進めるべきです。方針の明確化、相談窓口の設置、対応フローの整備、従業員教育、記録化、悪質事案への法的対応、契約書や利用規約の見直しなど、取り組むべき事項は多岐にわたります。
カスタマーハラスメント対策は、顧客を敵視するものではありません。正当な苦情には誠実に対応しつつ、不当な要求には毅然と対応する。その姿勢こそが、従業員を守り、顧客との信頼関係を健全に保ち、企業の持続的な成長を支えます。
従業員を大切にする企業は、従業員から信頼されます。従業員から信頼される企業は、顧客に対しても質の高いサービスを提供できます。そして、顧客や取引先と対等で健全な関係を築く企業は、長期的に強い企業になります。
カスタマーハラスメント対策は、守りの法務であると同時に、企業を強くするための攻めの経営施策です。
カスタマーハラスメント対策の体制整備、社内規程やマニュアルの作成、悪質クレームへの対応にお悩みの企業様は、虎ノ門法律経済事務所名古屋支店へご相談ください。使用者側労務に詳しい弁護士が、企業の実情に即した実践的な対応をサポートいたします。
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岐阜県出身。中央大学法科大学院卒業。経営者側に立った経営労務に特化し、現在扱う業務のほとんどが労働法分野を中心とした企業に対する法律顧問業務で占められている。分野を経営労務と中小企業法務に絞り、業務を集中特化することで培われたノウハウ・経験知に基づく法務の力で多くの企業の皆様の成長・発展に寄与する。
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